odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

横溝正史「悪魔の手毬歌」(角川文庫)

岡山と兵庫の県境、四方を山に囲まれた鬼首村。たまたまここを訪れた金田一耕助は、村に昔から伝わる手鞠唄の歌詞どおりに、死体が異様な構図をとらされた殺人事件に遭遇した。現場に残された不思議な暗号はいったい何を表しているのか?事件の真相を探るうちに、二十年前に迷宮入りになった事件が妖しく浮かび上がってくるが……。戦慄のメロディが予告する連続異常殺人事件に金田一耕助が挑戦する本格推理の白眉!
悪魔の手毬唄 金田一耕助ファイル12 横溝 正史:文庫 | KADOKAWA

 庄屋の仁礼家、こちらは没落中。そこから分家して大恐慌時にはじめたベンチャー事業が成功した由良家。家族親類、手伝いのものなどそれぞれに十数人が住んでいる。さらには世捨人がいて、温泉宿を経営している一家がある。こんな具合に登場人物が大勢いて、しかも名前で呼び合っているので、だれがどの家に属しているのかしっかりと覚えておかないと関係がわからない。
 冒頭から3分の2はたいくつだ。村の習俗、儀式の様子が延々と書かれていて、よそ者の金田一のように呆然と事態の推移を見守るしかない。簡単にまとめると、大恐慌の影響が濃い昭和7年にベンチャー事業を持ちかけた男が鬼首村に来る。その話に乗った由良家は成功するが、このよそ者、過度な性欲の持ち主で、村の美人を次々と手篭めにかける。そこは閉塞的な村のこと、露見しないままでいたが、2つ目のベンチャーで失敗し、資金提供者と関係がこじれ、資金提供者の撲殺(顔のない死体)にいたる。それから13年後の昭和30年。村を追い出された娘(資金提供者の子供)が人気歌手となって村に凱旋する。そのマネージャーは、昭和8年の事件の関係者ではないかという疑いがある。一方、世捨て人のもとにはかつての妻が縁を戻したいといってくる。数名は腰の曲がった老婆と会ったのに、その後老婆の姿をみたものはいない。世捨て人も失踪した。そして、由良家、仁礼家の美しい娘が次々に殺されていく。
 ここまでは退屈。しかし、仁礼家の五百子刀自がもう覚えている人のいない手毬歌を歌い、失踪した世捨て人が数年前に刀自から歌を採集し、地方雑誌に投稿していることがわかった。ここから事件の様相が一変する。連続殺人事件は手毬歌のとおりに進行しているのではないか、事件の筋書きは世捨て人が書いたのではないか。しかも殺された娘はいずれもベンチャーを持ちかけ、その後失踪したよそ者を父にしていた(母は異なる)。
 なるほど、「悪魔の手毬歌」はこれまで<マザーグース見立て殺人>の日本的な変奏であるといわれてきたが、それは表層のことで、実は<Yの悲劇>だったんだな。Yの悲劇ではごくつぶしな兄弟姉妹がたくさんいて、それが事件を複雑にしていたが、それを寒村の多数の住民まで拡大した。膨大な登場人物がいることで「真犯人」の発覚が遅れる。袋小路に追い詰められたころ、事件を操る影の人物を想像させることになったところから物語が動き出し、読者はのめりこむ。