odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

森達也「悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」」(岩波新書)

かつて力道山の勇姿に熱狂したことのある人なら、「グレート東郷」という名前に強烈なイメージを抱くはずだ。ずんぐりとした体型、常にニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、極悪非道の反則攻撃を繰り出す。1962年の「銀髪鬼」フレッド・ブラッシーとの一戦は、激しい流血戦となり、その模様をテレビで見ていた老人が何人もショック死をしている。白黒テレビの時代に、だ。1956年生まれの僕は、彼をリアルタイムでは見ていない。にもかかわらず、なぜかその存在が常に気になっていた。第二次大戦直後のアメリカで「卑劣なジャップ」を演じ続け、悪役レスラーとして不動の地位を築き、そして日本でも「世紀の悪役」と呼称されながら巨万の富を稼いだ男。リングを降りても、「守銭奴」など、常に人々の憎悪を浴び続けながら、東郷は、何を考え、何を思い、何を憎み、そして何を愛していたのだろう。
岩波新書 - 岩波書店

 という作者の意気込みで「グレート東郷」の出自を捜査する。あいにくのことながら、アメリカを主な生活先にしていたため、彼を知る人は日本にはほとんどいない。映像もない。プロレスラーとしての全盛期は1950年をはさんだころと思われるが、そのころこの国にはプロレス興行はなかった。この国を主要マットにしていたのは1960年ののちで、40歳を超えてショーマンシップにあふれる「楽しいプロレス」をやっていた。この国のプロレスファンは強さに価値を置くらしいので、東郷は評価されない。また力道山死後の日本プロレスのごたごたの黒幕とされて、そこで評判を落とした。
 したがって彼が頼りにできるのは、流智美の著作とビデオ(週刊プロレスビデオのレトロマニア第2巻だ!)、当時の雑誌や新聞など。2006年の現存者で彼を知る人は、門間忠雄、ミスター高橋グレート草津くらいなもの。そのために、プロレスを主題にした本としては、中身の少ないものになった。作者がテーマにしたいナショナリズム愛国心などへの考察は不十分。同様な主題を村松が扱って「力道山がいた」を書いたとなると、その差は歴然(とはいえ、国民的ヒーローの力道山日本プロレスの「裏切り者」グレート東郷では資料の量と質があまりに違いすぎるか)。
 新たな証言で面白かったのは、1968年1月3日のルー・テーズグレート草津の一戦。TBSプロレス旗揚げ戦で、ルー・テーズがバックドロップ一発で草津を戦意喪失に追いやった事件。テーズの証言は流が書いている。それによるとTBSは草津をエースにすることを意図していて草津に花を持たせることを期待していたが、吉原の指示にしたがってテーズがTBSの思惑を裏切ったことになっている。草津の証言によると、東郷が「寝てろ(キープ・ステイ・ダウン)」と命じたのに従ったとのこと。テーズと東郷は一緒にプロレス団体を設立していたのだが、そこまでの意思疎通があったのか?この直前には、ユセフ・トルコと松岡厳鉄がグレート東郷をリンチしている。まこと奇妙なことだらけ。
 2008年6月22日。グレート草津死去。享年66歳。