odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

現代思想2002年2月増刊「プロレス」(青土社)-3 日米プロレス史。昭和の馬場vs猪木論争はコップの中の嵐。

2021/01/18 現代思想2002年2月増刊「プロレス」(青土社)-1 2002年
2021/01/15 現代思想2002年2月増刊「プロレス」(青土社)-2 2002年の続き

 

 プロレスの現場を見た後に、プロレスの歴史を語る。日本のプロレスができて50年(2002年当時)。それまでは当事者の記録が主だったが、このころから歴史家・研究者が歴史を語るようになる。併せて、世界のプロレスの歴史もみる。WWEがWCWとECWを買い取って、アメリカプロレスはモノポリー状態。
 おおきく5つの問題領域が設定されている。便宜上ABCを俺がつける。A.プロレス空間への招待。B.プロレスの哲学的考察。C.プロレス/プロレスラーの光景。D.プロレス史。E.プロレス空間の変容。F.その他。

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リアルアメリカ(WWFの憂鬱)(町山智浩)E ・・・ アメリカの現状の戯画で呪術的カタルシスを与えるWWF(当時。本家WWFに提訴されたので2002年にWWEに改名)について。2007年のレッスルマニアビンス・マクマホンと「対戦」したホテル王ドナルド・トランプが2016年にアメリカ大統領になった。

プロレスはプロレス ボーイズはボーイズ(斎藤文彦)D ・・・ 「ボーイズはボーイズ」は週刊プロレスの連載記事のタイトル(のちに単行本化)。1760年代(!)のイギリス職業レスリングからフランス、アメリカに移動発展する職業レスリングの歴史(1940年ころまで)と、1984年以降のWWF(ママ)の経営戦略。記載のない時代の歴史は以下の本で。
スコット・M・ビークマン「リングサイド」(早川書房)
斎藤文彦「フミ・サイトーのアメリカン・プロレス講座 決定版WWEヒストリー 1963-2000」(電波社) 

プロレス史の逆遠近法(流智美、澤野雅樹)D ・・・ プロレス史研究家による1900-1970年までのアメリカプロレス史。後半は、プロレスラーらしいプロレスラーがリアルファイトではいかに危険であり、興行として成立しないかという話(すごく夢のある話だが、その「プロレスラーらしいプロレスラー」はテーズ、ホッジなど1950-70年までのレスラーをさしているので、今(2002年でも2020年でも)のレスラーには当てはまらないよね。なにしろフックやシュートの練習をしていないのだし。)

スープレックスが見たいんだ プラトンのプロレス(佐藤善木、澤野雅樹)D ・・・ 観客による1960-1990年代までのプロレス談義。レスラーの名前からすぐに風貌と得意技と主な試合を思い出せる人にはたまらなく面白い。「プラトン」というのは、この哲学者は著作のどこかで古代レスリングにふれているから。そのことを最初に読んだのは夢枕獏のエッセイ(雑誌「Number」に載ったUFC第2回の観戦記だったと思う)。

回転体の男・桜庭和志(佐藤善木)F ・・・ ホイス・グレイシーに勝った桜庭和志すごい。

女子プロレス 幻の十年(小泉悦次)D ・・・ 1954-55年のアメリカ選手の興行と1963年の日本女子プロレスの誕生。その間にあった女子プロレスを全女の松永会長(当時)とチャンピオンの小畑千代の証言で埋める。弱小プロとして残っていて、一回だけの興行を月一くらいでやっていたらしい。途中、ミゼットプロレスが入ってきて女子プロレスの前座になる。50-60年代にアメリカのチャンピオンとして来日したメイ・ヤングとファビュラス・ムーアが21世紀の初めまで「現役」であったことに驚愕(WWEに登場。どちらも死去)。

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(初出の2002年まで。このあといくつもの団体ができては消えてをしましたが、ブログ主にはもう追えません。)

もう一人の力道山たち(小泉悦次)D ・・・ 戦前の日本人・日系人レスラー。19世紀終わりころのソラキチ・マツダから始まり、東勝熊、タロー三宅、沖織名、マティ・マツダコンデ・コマこと前田光世アメリカで試合をしていないので、プロレス史には登場しない(神山典士「ライオンの夢 コンデ・コマ前田光世小学館)。
 これに載っていないキラー・シクマの存在が21世紀に発見された。

www.showapuroresu.com

「キラー・シクマ」を知っていますか
http://yusaku.jp/wrestling26.htm


歴史は繰り返す(三熊宏治)D ・・・ 1960年の入門から1999年の馬場の死までの猪木と馬場の抗争。

プロレスはプロレスである 馬場と猪木の72年体制を分かつもの(暮沢剛巳)E ・・・ 72年体制はそれぞれが独立した団体の経営者であり、テレビ局の支援を受けて対立したことを意味する。
(以上、二つの馬場vs猪木論を見たが、20年を経て読み直すと、あれだけプロレスものの熱中した議論は「コップの中の嵐」だったなあという感想。日本のプロレスの変容(スタイルや経営など)をみたときに、二人の差はそれほど大きくない。彼らの前と後との違いのほうがより大きい。)

カミングアウトと格闘の民営化 ミスター高橋に聞く(岩上安身)E ・・・ 新日本プロレスのレフェリーであったミスター高橋は2001年にミスター高橋「流血の魔術」(講談社+α文庫)を出版。プロレスのインサイダーが試合や経営に関する「暗黙の了解」を暴露した。ミスター高橋のインタビュー内容は本と同じなので、サマリー不要。
(あれから20年がたつと、ミスター高橋の見取りのようになった。K-1、PRIDEはいずれもつぶれ、新日本プロレスは日本の業界No.1にのし上がった。もう、プロレスの勝敗があらかじめ決まっていることに目くじらを立てる人はいない。むしろそれを前提にいかに興行会社の仕掛けを見抜こうとするかを楽しみにするくらい。)


 こうやってプロレスを語るときに、選手や試合を思い出すことになる。かつては観戦もテレビ放送も一回限り。1980年代に家庭用ビデオが普及してから録画して繰り返しみることができるようになった。それでも過去の試合は見ることがほとんどかなわない。しかし、ネット環境の激変で、過去の試合をネットでみることができる。これは重要な変化で、本書にでてくる試合はたいていみることができ、探せば70年前の試合をみることができる。そのために活字でしかわからなかった選手や試合を映像で確認できる。その結果、選手や試合の評価は大きく変わるはずであるが、さてどうなったものか。
柳澤健「1964年のジャイアント馬場」(二葉文庫)のように、以前はカール・ゴッチの挑戦を受けなかったダーティな世界チャンピオンであるとされたバディ・ロジャースが最高のレスラーとされるような例はある。)