odd_hatchの読書ノート

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ドナルド・ミッチェル「マーラー 角笛交響曲の時代」(音楽之友社)

 1980年代後半に、マーラーの作品が「ブーム」と呼ばれる現象になった。CM(ウィスキー)の音楽に使われ、ある年の同じ月に3つの外国オーケストラが交響曲第5番を東京で演奏し、TVで特集番組が持たれた。その頂点が、シノーポリとフィルハーモニア管による全曲演奏会だった(1988年のことだった)。それと同じ現象として、マーラーに関する著作が相次いで出版された。それは3つに分けることができ、ひとつは同時代人の証言、ナターリエ・バウアーレヒナー「グスタフ・マーラーの思い出」、アルマ・マーラー「グスタフ・マーラー」で、次が評伝その関連書、ド・ラ・グランジェ「グスタフ・マーラー 失われた無限を求めて」、最後が評論で例を挙げるのが面倒なほど多数。

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 この本は、上記の分類の2番目にあたる。著者ドナルド・ミッチェルはド・ラ・グランジェと並ぶマーラー研究の泰斗で、その研究は1950年代に遡る。その著者が長年の研究成果として、作品別の解説にして評論にして分析をまとめた。そのうち、これはタイトル通りの第1番から第3番までの交響曲と中期のオーケストラ伴奏歌曲集「リュッケルトの詩によるリート」「亡き子を偲ぶ歌」を扱う。
 ここでの研究方法は、楽譜や歴史資料にあたって厳密に真実を突き止めていこうというもので、とても実証的なものだ。言葉を返すと、あまりに丹念で思想の飛躍に乏しいので退屈しかねないということだ。音楽の勉強を専門にしたことがないので、楽譜を持ち出し、楽器の演奏法を語り、和声の分析をされると、とても困ってしまう。
 もちろんいくつかには著者の知見があり、たとえば交響曲第3番と「大地の歌」には同じコンテクストの書方があり良く似た思想で書かれているとか、マーラードビュッシーはいくつもの楽想が同時に進行する書法を好んだが前者は明晰さを後者はヴェールをかけた響きが好きだとか、聞き手の注意力を集中するような書法の作品は「室内楽」的と読んでよくその例として「トリスタンとイゾルデ」や「亡き子を偲ぶ歌」があるとか、こういうおもしろい発見がある。それは全体の中からはきわめて小さい部分だ。
 著者はマーラーの最高傑作を「大地の歌」と考えていて、実際にそれだけで一冊になる書物を書いている。この作品を好きな自分としては読んでみたいような、でも同じ書き方ではひどく退屈するだろうな、と微妙なところに気持ちがある。

 もっと若い時代のことを書いた「マーラーさすらう若者の時代 」は出版されている。たしか全巻を翻訳するような広告があったと記憶するのだが、頓挫したのかしら。