odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

山田和夫「戦艦ポチョムキン」(国民文庫)

 著者は1959年の日本上演を実現した有志のひとり。この映画への思い入れが深く、詳しい調査をしている。

 著書は3部構成。
1.「戦艦ポチョムキン」への道 ・・・ 1898年生まれのエイゼンシュテインが映画を作製するまでを描写。あげられるのは、父との確執(父権主義者である父に対する反感、そこからの権力への抵抗)、東洋趣味(漢字が複数のパーツの組み合わせで構成されていることからモンタージュとの類似を見る)、10月革命(当時20歳でペトログラードの蜂起を体験している)。その後、マヤコフスキーやメイエルホリドなどのロシア・アバンギャルドとの交友を重ね、1925年に「戦艦ポチョムキン」を監督する。
2.「戦艦ポチョムキン」の表現 ・・・ 全6巻、約75分の映画をカットごとに読解していく。モンタージュとか表現主義的な映像などいろいろ面白かった。この映画からの印象を記しておくと、これは顔を見る映画だったな、と。水夫、労働者、下士官その他の顔その表情のクローズアップがこの映画の印象を形つくっている。いわゆる映画俳優、名優のいない映画で観客が感情移入できるひとつには、顔および表情の多彩さ、そこから見出せる情念の真実さにあるのではないかしら。
3.「戦艦ポチョムキン」・半世紀の軌跡 ・・・ モスクワの初上映以後の反響のまとめ。ソ連では、観客映画人の熱狂があったが、官僚・保守的映画評論家が酷評。スターリン統治になると否定的評価と改竄が行われる。ベルリン、パリ、ニューヨークでは熱狂的に迎えられる。賛美者には、ブレヒトアラゴン、エリュアール、チャップリンなど。ベルリン上映時にはマイゼルによる映画音楽が作曲され、一緒に上演された。一方、ナチスゲッペルスファシスト党ムッソリーニも熱烈な賛美を寄せ、ファシズム的「戦艦ポチョムキン」を作るべしとの命令が下った。通常、この種の影響は西洋と日本にとどまるのだが、ここではさらに1930年代の中国での上映(周恩来がいたそうな)やインド、インドネシア、戦後のキューバの上映にも触れている。またポルトガルが1974年に軍隊統治から脱したとき、最初に上映されたのがこの映画というエピソードも興味深い。
 この本に欠けているのは、エイゼンシュタインのその後であって、「戦艦ポチョムキン」の成功があったものの、スターリンの文化統治政策で否定され、彼の企画はつぶされたり迎合を余儀なくされりしたこと、戦時中の歌劇場で「ワルキューレ」の演出を行ったこと、メキシコに行って「メキシコ万歳」の撮影中に客死したこと(メキシコはトロツキが暗殺されたところだ)などが書かれていない。これは篠田正浩エイゼンシュタイン」(岩波書店)で補える。参考になるのは山口昌男「歴史・祝祭・神話」(中公文庫)スターリンに殺された(といっておく)メイエルホリドの残酷な運命。またエイゼンシュテインの映画論も一時期は文庫になっていた。エイゼンシュタイン「映画の弁証法」(角川文庫)。いずれも絶版なので、興味のある人は古本屋かネットで。

 自分が最初に見たのは、大学の「映像論演習」とかいう授業。その後、1980年代に廉価ビデオで販売され、「カリガリ博士」「メトロポリス」などと一緒に購入。ただ、1959年当時の編集版だったと思う。DVDではマイゼルの音楽を一緒にいれた完全版も登場している。
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 このように映画を見る方法が簡単になってきたので、この種の説明本は用がなくなってきた。筒井康隆の「不良少年の映画史」とか。でも、それを見た個人の歴史、当時の社会状況など読むべきところは多い。この本も2はなくてもよいが、3の情報は貴重。

エイゼンシュテイン (1983年) (20世紀思想家文庫〈3〉)

エイゼンシュテイン (1983年) (20世紀思想家文庫〈3〉)

映画の弁証法 (角川文庫)

映画の弁証法 (角川文庫)