odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

エイゼンシュタイン「映画の弁証法」(角川文庫)

 20世紀前半のもっとも偉大な映画監督の一人で、モンタージュ理論の確立者。彼の映画理論に関する論文や講演などを収録したもの。1953年初版で、自分の持っているのは1989年の第9刷。これも入手しにくくなっていて、たとえばWikipediaエイゼンシュタインの項目の参照文献にはいっていない。1920年代の日本映画を酷評したのは、この本の中の「映画の原理と日本文化」においてなのだが。

 さて、この本によるとモンタージュはショットの衝突なのだという。個々のショットには込められていない意味をショットの連続から浮かび上がらせ、観客のエモーションや知的関心を揺さぶったり、カタルシスにもっていくことができる。それは実例を見るのが一番よいのだが、以下の文章が参考になるかな。映画「戦艦ポチョムキン」の、20-30分くらいの場面。
戦艦ポチョムキン』(1925) "Battlesh-ip Potemkin"
www.youtube.com
(画面はきれいになったが、「新字幕」のフォントが「エヴァ」みたいで、古いバージョンに親しんできた自分には違和感がある。)

「際立った劇的瞬間には、映画の場合と同じように、何らかの制動手段が用いられなkればならない。例えば、「ポチョムキン」では、タール塗りの防水布を覆いかぶせられた水兵達を狙って「撃て」の命令を下すばかりの準備が整ったところで、最後の命令が下される前に、艦首だとか、砲口だとか、救命用具といったような「無関心な」いろいろな艦の部分が数ショット、モンタージュされる。動作にブレーキがかけられ、緊張の爆発が無理に静止される。(P16)」

 この指摘を見て改めてこのシーンをみたが、なるほど上記のシーンは細かいショットの積み重ねになっていて、そこに一見水兵の射殺とは無縁なショットもある。次第にカメラが細部に向かっていくにつれて、緊張が高まり、緊張した静的なシーンから水兵ワクレンチェクの「兄弟」という呼びかけで水兵叛乱のアクションという動的なシーンに一気に転換する。それをみて観客である自分は興奮し、感動した。それがモンタージュの技法。
 エイゼンシュタインは言葉で説明するためにもちだすのは、歌舞伎だったり漢字だったり俳句と短歌だったりする(著者は日本文化を研究していたという)のだが、もっともぴったりするのは音楽の比喩。すなわちモンタージュの技法を分類するときに、拍子・リズム・トーナル(音色や音高のことか)・オーバートーン(倍音:不協和音から協和音に移動することで緊張や安定をもたらすことの謂いだろう)の音楽用語を使う。まあ、自分には19世紀のソナタ形式や和音の拡大などでだいたい納得できる。でも、もしかしたら、モンタージュの技法は彼の文章にも反映しているだろう。編集者の手が入っているかもしれないが、論文や講演は短い節に細かくわかれていて、前後の節とは全く別の話題を語っていることがある。しかし、その節のぶつかり合い・衝突から「モンタージュ」そのものが浮かび上がってくるという仕掛け。になっている。あいにく、彼は言葉の人ではないので、この文章を丹念に追うのは自分には難しかった。
 それにもう一つの問題は、スターリン時代の文化統制の影響。通常は1934年のジダーノフによる前衛芸術批判、社会主義リアリズム論から文化統制は厳しくなるが、それ以前から検閲その他で表現者への圧迫が強くなっていく。ここでも、1928-29年ころの初期論文の自由闊達さは、後半になると失せて行って、1935年ころの「映画形式の弁証法的考察」「映画形式―新しい諸問題」あたりになると、生硬なマルクス主義理論が語られるようになってくる。創意も発見もない味気ない文章だ。そこになると読む気はもうない。
 実際、篠田正浩エイゼンシュテイン」(岩波書店)をみると、1930年代にはエイゼンシュタインスターリンと相性が悪く、彼の企画の多くは実現できなかったという。メキシコ(トロツキーの没地だ)で客死したのも、ソ連で暮らすことが困難であったからではないかな。

 参考エントリー
2011/04/12 山田和夫「戦艦ポチョムキン」(国民文庫)