odd_hatchの読書ノート

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ベラ・バラージュ「視覚的人間」(岩波文庫)

 映画ができて20年目あたりの1925年に書かれた映画論。

一九世紀末に発明された映画カメラは瞬く間に無声映画を創り出した.本書はその無声映画が絶頂への登路にさしかかった時に,クローズアップ,モンタージュを中心にして理論的・体系的に整備した古典的名著.映画という新しい芸術の果すであろう社会的・文化史的役割を語る映画人バラージュの情熱は,創成期の人間固有のものである.
岩波書店

 無声映画の時代に書かれたことに留意。会話や状況はわずかな字幕で語られ、劇場付きのオーケストラの伴奏音楽と一緒に見るものだった(弁士が説明するというのは日本独自のスタイル)。バラージュのまなざしはスクリーンに写される言葉を発しない俳優に主に注がれる。そこで彼の考えたことは、これによって視覚によってだけで人間を認識する手段ができた、スクリーンに写される俳優からわれわれは日常に接する人々と同じように、人間の真実を認識できる、それは映画の人間は平面的・表層的であるが、彼らのしぐさ・まなざし・身体のくせなど視覚で認識することごとから彼らを「理解」できる。映画よりまえの文学とイラスト、写真の時代にはこのような「視覚的人間」像は存在せず、映画によって初めて明らかになったのである。さらにカメラのトリックによるクロースアップによって、視線が何かに集中することで、われわれに事物の重要性、事物と人物の関係性を開示することができる。いまのところ、映画は資本家のつくる低俗で技術も低いものではあるが、その可能性は非常に大きく、これからの文化を代表するであろう。そのうえで、着色・音楽・言葉などがより発展することを望む。
 まとめるとこんなところかな。彼の理論を裏づける映画の例が乏しく、ほとんどが入手困難な無声時代のものなので(見たことがあるのは「散りゆく花」「カリガリ博士」「イントレランス」、チャップリンの短編喜劇くらい)、なかなかわかりにくい。1925年の発表がもう少し時代を下れば、ラング「メトロポリス」、エイゼンシュタイン戦艦ポチョムキン」、ガンス「ナポレオン」あたりの大作も記述されていただろうに。惜しい。

 おもしろかったのは、内容ではなく、著者の経歴。1884年ハンガリー生まれ。20世紀初頭にベルリンとパリで哲学を勉強。影響を受けたのはジンメルベルグソン、マックス・ラインハルト(たしか1930年代のザルツブルグ音楽祭を主催)など。とりわけG.ルカーチと知り合ったのが大きく、エルンスト・ブロッホとも知り合う。コダーイバルトークとも知り合うようになり、後者のためにオペラ「青髭公の城」やバレエ「かかし王子」のリブレットを書いた(クラシック音楽愛好家にはこれらの台本作者として彼の名をよく知っている)。第1次大戦中に共産主義運動に参加。終戦と同時にドイツに亡命。ここではおもに映画評論家・台本作者として活動。エイゼンシュタインと知り合う。1931年にソ連に呼ばれて、大戦中はそのまま滞在。戦後ハンガリーに戻り、1949年に亡くなる。
 20世紀の戦間期においてハンガリーの亡命ユダヤ人の知的活動がいかにさかんであったかは、山口昌男「本の神話学」に詳しいルカーチ、ポラニーなどがビッグネーム。そういうグループの一人に作者がいて、彼の交友関係の多彩さ・生活した場所の多彩さが非常に興味深かった。