odd_hatchの読書ノート

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コナン・ドイル「霧の国」(創元推理文庫)

 =コナン・ドイルが晩年に心霊術に凝ったことは有名。少女が撮影した妖精写真を見て、妖精実在を論証したという論文を書いたり(1980年代になってから本人が偽造であることを証言したので、ドイルには気の毒)、西洋・アメリカで心霊術に関する講演旅行を行ったりしていた(これを作中に取り入れて面白い趣向のミステリーにしたのが、ウィリアム・ヒョーツバーグ「ポーをめぐる殺人」(扶桑社ミステリー文庫)。
 この小説は1925年作で、最後の小説になる。内容は、物質主義の権化チャレンジャー教授(「ロスト・ワールド」(失われた世界)などの主人公)が、交霊会に招かれ死者との交信を行うが、彼はまったく信じない。いち早く霊の世界の実在を確信した彼の助手や娘の努力により、さしものチャレンジャー教授も霊の存在を確信するに至る、という内容のもの。

チャレンジャー教授の愛娘イーニッドが『ギャゼット』紙の敏腕記者マローンと共同で心霊教会を取材に行ったところ、なんと父親のかつての僚友サマリー教授の霊が現われて父宛のメッセージを託される。その話を聞くや、合理主義に徹したチャレンジャー教授は容赦のない毒舌を浴びせて心霊の存在を否定するが……。巨匠ドイル晩年の異色作。
霧の国 - アーサー・コナン・ドイル/龍口直太郎 訳|東京創元社

 教授が霊の存在を確信する契機が、彼以外に知る人のいないはずの若いころの医療事故を言い当てられたからというのは困ったものだ。このような個人的な事柄を霊的な手段を通じて伝えられることは、普遍性を持たない「信」になるからだ。彼に告げられたことは彼にとっての真理であるかもしれないが、彼ではない読者であるこの「私」にとっては意味のないことだ。非常に似たような体験をしたものだけが理解可能であり、知恵を共有できる集団に加入することができる。このような仕組みというか知のあり方は普遍的なものではない。個人的な「信」を契機にして新しい知の世界に入り、「普遍」的な(実は全く普遍的ではない)知の体系を学ぶという心霊教会とかオカルトなどは、秘密結社と同じような仕組みになっている。選ばれたごく少数者が社会の常識に抵抗し迫害を受けている、だから「信」と知が正しい所以になっているという具合。
 その点では、たとえばイエス磔刑と3日後の復活をキリスト教徒が信じることや、宇宙が約200億年前のビッグバンから始まったという科学的言説を理解することと大きな差がある。(注記しておくと、科学的「真実」(この言葉自身が不適切だが、とりあえず使う)は信じるものではなく、理解するもの。)
 注目は、この小説が1925年発表ということ。西洋のオカルトは非常に長い歴史を持っていて一口に要約可能ではないのだが、とりあえず20世紀以降に限れば、1900年代初頭、1920年代(このときには日本でも「神理眼」論争があり、それを指示した東大物理学教授が辞職する騒ぎになっている)、1970年代(ユリ・ゲラーその他)、1990年代と定期的に発生している。これらの時代は、いずれも好況期であるが、政治的に不安定な時期でもある。