odd_hatchの読書ノート

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ウィリアム・ヒョーツバーグ「ポーをめぐる殺人」(扶桑社文庫)

 「1923年、繁栄と狂乱に沸くNYに、『モルグ街の殺人』がよみがえった。作品そのままの残虐な現場と、大猿の目撃 − だがそれは序曲にすぎなかった。『黒猫』が、『マリー・ロジェ』が、ポーの作品が悪夢の連続殺人となって次々に現実化していく。探偵役は、大奇術師フーディーニと、訪米中のコナン・ドイル! 犯人の魔手はふたりの背後にも迫り、一方、心霊主義を信奉するドイルのもとにはなんとポーその人の亡霊があらわれる……。『堕ちる天使』の鬼才ヒョーツバーグが放つ、知的遊戯と冒険に満ちた異端のミステリー!」
http://www.amazon.co.jp/dp/4594026222

 ミステリという形式にどれくらいいろんなものをつめこむことができ、かつどのくらいミステリの範疇に収めながらも、ミステリから逸脱できるかという試み。そこに詰め込まれるのは、心霊主義にマジックで、これはミステリとシンクロ率が高くて、相反するものなので、そのミスマッチを楽しむ。心霊主義の代表にコナン・ドイル、マジックの代表にフーディーニというこれもシンクロ率が高くて、それぞれの職業に相反する言動をみせているところを楽しむ。老人ドイルが動けない分、フーディーニの活躍ぶりが超人的(一歩間違えるとリュパンになってしまいかねない)。さらに間違った推理がいろいろな人物によって語られ、検証のうちに否定されていくなんていうところも、ミステリのある種の約束をなぞっている。そういう点では、これはミステリを読み飽きた人たちへのプレゼントなのであって、ノックス「陸橋殺人事件」のような立ち居地にある。
 ストーリーの語り方は、現代の「パッチ・ワーク」方式で、雑多な人物の行動や情景が短い章で次々と語られ、次第にひとつの構図にまとまっていくというもの。視点はドイルとフーディーニ別々にあって、そこに殺人事件の模様が追加される。ニューヨークという舞台が同じだけで、どうやってまとめていくのかというと、死者はフーディーニの関係者だったという点。講演旅行のドイルとマジック興行師フーディーニを引き合わせるには、こういう仕掛けが必要になる。このあたりは熟練の技。
 ミステリ作家が心霊術を真に受けるというミスマッチを演じたドイルに対しては、フーディーニの実証主義懐疑主義を対置し、合理主義と理性の人(かつ体力、気力にあふれる達人)に対してはイリスなる霊媒師の性的な篭絡をもって彼の信条を揺るがす。さらにはポーの幽霊までを登場させるということで、理性とオカルトのせめぎあい、世界認識の無根拠性を暴いていく。作者の問題意識はこのあたりにあるのだろう。
 時代は1923年のアメリカ「old good days」。ドイルとフーディーニのツアーとともに、著名人が実名で現れる。思い出しただけでも、チャップリン、バスター・キートン(喜劇映画俳優)、ベーブ・ルース(プロ野球選手)、ビル・チルデン(プロテニスプレーヤー)、ジャック・デンプシー(プロボクサー)、サッチモ(ジャズトランペッター)などなど。禁酒法時代のレストラン、もぐり酒場、映画館、ヴォードビルショー、野外博覧会など、描写は隅々にいきわたる。この調査力とか作者の博覧強記ぶりは尋常ではなく、よくもまあここまで調べたとおもう。これは同時に読者の好奇心や知識がなければたちうちできないもので、読者も試されているわけだ(ミステリに読み飽きている人のためのミステリというのはこのあたりにもある)。さらには、クライマックスには複葉飛行機による複数州をまたぎる夜間飛行もでてくる。これはクイーン「エジプト十字架の謎」の犯人追いかけシーンを彷彿とさせるものであって(かつリンドバーグの大西洋横断冒険飛行も同時代の出来事であったと思い出そう)、ここでも読者に要求するものは高い。時折フーディーニとイリスのエロティックな関係も書かれ、大人のロマンスも用意されている。ラストシーンには、フーディーニに頼まれてドイルが大西洋にバスケットを捨てるシーンがあり、中身が書かれていないために、いったい何がという読後の謎もあり、そう簡単に小説世界を終わらせない。エンターテイメントしては豪華すぎるほどの仕掛けと演出を施しており、半日を堪能できる。これはすばらしい。

 サマリにないポーの作品を追加すると、「早すぎた埋葬」「赤死病の仮面」「アモンティリァードの樽」「陥穽と振子」「飛び蛙」「告げ口心臓」「長方形の箱」「大鴉」。ついでにポーとドイルが出てくるということで、ディクスン・カーの諸作もあわせて読んでおきたい。ドイルの息子とカーの共作のホームズ短編とか「帽子収集狂事件」「パリから来た紳士」など。平石貴樹「だれもがポオを愛していた」(集英社文庫)もよい。