odd_hatchの読書ノート

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フレシチョフ「スターリン批判」(講談社学術文庫)

 1953年スターリン死去(謀殺といううわさもある。真偽は不明)。そのあと、党幹部には反スターリンの気運が起こるが、しかし主力ではない。一方、収容所の囚人たちが帰還するようになり、無実で獄中にとらわれたり銃殺・餓死した人がいたことが知られるようになる。そういう状態において、1956年の党大会でフレシチョフスターリン弾劾・批判の演説を秘密会議の席上で発表した。その演説内容は東欧諸国あたりからリークされ、アメリ国防省によって発表され、のちにはソ連国内でパンフレットになる。その影響は甚大で、東欧諸国のいくつかで反ソ連の活動があり(ポーランドハンガリー)、中ソの関係を悪化させ、各国共産主義者の分裂を招いた。その演説のロシア語からの最初の翻訳。
・演説が行われた背景には、ソ連共産党幹部の政治闘争があった。党幹部内で反スターリンの気運があったとはいえ、少数派に過ぎず、主流派はスターリン派だった。そこにフレシチョフが「反スターリン」で一派を形成し、スターリン死後から調査を開始し、党大会の直前の幹部会議で批判演説を行うことを了承させる。それにより、フレシチョフは次代の政権担当者の地位を獲得した。
スターリン批判を行うにあたり、フレシチョフ自身もスターリン政権の重要な政治家の一人であり、批判の矛先が自分に向けられるのは望まない。また共産主義者としてレーニンと党とマルクス共産主義を否定するまでの批判は行えない。批判の矛先は主にスターリン個人に向けられ、フレシチョフのライバルを婉曲に非難するようにし、同時に自分は誠実な政治家でありかつ被害者であるような内容にした。
 以上のような背景を理解することが重要。この演説では、問題が「個人崇拝」にあることに終始していて、ほぼスターリン個人の人格・性格・権力欲とその行使に問題があるとされる。そこで彼のパーソナリティに問題があるとされる事件が報告される。指摘されるのは、レーニンスターリンの性格を非難し、彼を次期の権力者としないように要請した事を無視したこと、彼の猜疑心などによると思われる政治家・労働運動指導者・軍人などを密告に基づいて粛清したこと、それが拡大し一般市民までに至るテロルを指導したこと、軍事家としてはほぼ無能で「大祖国戦争」初期の被害が情報の無視・部下の進言を却下したことなどにあること、「スターリン小伝」「党史」などの刊行物に自分を崇拝させるような記述を要請し場合によっては自身が手を入れたことなど。
 フレシチョフの批判には問題はいくつかあって、解説で触れられているように、(1)スターリンは否定するがレーニンは否定しない、(2)前半のスターリンは肯定し後期のスターリンを否定する、(3)悪はスターリン個人にあり党と国家は善であるということ、が主要なこと。追加すると、スターリンの権力独裁は「民主的」な手続きで行われた(渓内謙「現代社会主義を考える」に詳しい)こと、そのような権力集中・独裁制・個人崇拝を行わせる組織論を批判していないこと(そうなんだ、プロレタリア独裁一党独裁の基本理念からは個人崇拝、個人独裁が容易に認められるのだ)、スターリンの暴力に加担した党内部とくに中枢の権力者の自己批判と内部改革を行わなかったこと。たぶんこの「スターリン批判」に深甚な影響を受けたと思われるこの国の新左翼は「反スターリン」を歌いながらも、自身の組織はまったくのスターリン主義であった。
 内容は粗野で下品なフレシチョフの雰囲気を思い出させる「愉快」なものであった。その後ろには、数百万人(としたが、いったいどのくらいの規模のテロルが行われたのか、自分のつたない想像力では思いもよれない)の被害者がいることを忘れてはならない。やはりこの書の横にはソルジェニツィン収容所群島」とか高杉一郎「スターリン体験」などを置いておかなければならない。そのうえで、レーニンマルクスまでさかのぼった批判を行うことになる。

 2018年で考えれば、安倍晋三という凡庸な独裁者に対する批判と打倒のために、この本を読んでもいいかも。