odd_hatchの読書ノート

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桜井哲夫「社会主義の終焉」(講談社学術文庫)

 「一九九一年に消滅したソ連は、マルクス・レーニン主義の名の下に、マルクスの思想とはかけ離れた全体主義国家として存在した。著者は、十九世紀のサン=シモン主義に遡り、産業化をめざしつつ前衛党による大衆支配へと変質した社会主義の変遷を跡づける。さらにルカーチからサルトルに至る二十世紀のマルクス主義知識人像の解体の過程をも考察し、社会主義体制崩壊の歴史的意味を問い直した好著。」


 ここで取り扱われる主題は、個々の歴史的な事例でもなく革命家や政治家の判断や行動ではない(その点では廣松渉マルクスと歴史の現実」に似ているようで似ていない)。問題は2つあって、「知識人」の社会的・思想的位置づけと社会主義のメシアニズムしそうについて。この2つの問題を包括するのが19世紀初頭のサンシモン主義。これがわかりにくいのだが、とりあえず本書からエッセンスを出すと
・それまでは僧侶の知識が権力を持っていたが、これからは科学者の知識が権力を持つべき。彼らの知恵と道徳的な力を統治につかうべき
・富の生産を促進することが社会の重要な任務なので、それに役立つ知識は重要
 こんな具合にテクノクラートの存在を予言するものだった。
 で、もともと「知識人」「インテリゲンツァ」という言葉はなかったし、知識階級というのは19世紀を通して、労働者よりも給料の安い状況に置かれていた。最初に「知識人」に重要な意味を与えたのはロシアで、たとえばチェルヌイシェフスキーみたいに「インテリゲンツァは社会改革の推進者たるべき」という風に特別な意味を持たされた。これは、大学などの知識人養成の組織が少なく、学者・教授・学生の数が非常に少なかった時代だからだった。少数の特別な知識をもったものは意識改革をしようという、エリート的な気分と社会で重要視されていないコンプレックスが複合していたもの、とみてよいかしら。こういう考えはマルクスにはなかったけど、レーニンに受け継がれていった。ボルシェビキの組織論や革命家の位置づけはサンシモン主義の影響を濃厚にもっている。
 さて、20世紀にはいると大学の数、大卒者の数が増し、権力機構や企業経営者は卒業生を雇うようになった。これらの巨大な組織を運用するには、紙の仕事ができ、人々に指示する知識人が必要だったから。もともと「階級」観念を想定するとき、ブルジョアプロレタリアートという区別はあった(あと僧侶とか貴族とか王侯とか)が、「知識人」というのは考慮されていなかった。そこで20世紀になると「知識人」に対する概念を持たなければならない。
 流れは2つあって、
(1)メシエニズムの流れを受けて「選ばれた人=指導者」であるとする立場(ルカーチレーニン
(2)知識の俗化を肯定して合理的な世界設計を担う専門家とする立場(ウェーバー
となる。で、共産主義は前者のほうを選び、それが革命後70年で破綻した。そして現在(1990年)、「知識人」なるものは存在しない(いるのは棒給生活者か自由人)、というわけ。(1)の知識人=指導者という考えはサルトルにも見られるね。それに影響された大江健三郎の「作家=炭鉱のカナリア(社会の不正、問題を最初に発見して警戒の叫びを上げる存在)」という議論(もとはカート・ヴォネガット)はメシエニズム的な知識人観念の下にありそうだ。
 最後に(唐突に)指摘されるのは、1989年の東欧革命で市民たちが社会主義権力に「No」といくつかの要求をあげたのだが、彼らの要求に新しいもの(この150年間を見返して)がなかったということ。150年いろいろ経験してその末に、新しい世界・社会のイメージをいまだにもてない。自由主義社会民主主義国家社会主義ファシズムスターリニズム)かしかわれわれは世界イメージがない。これはたしかに危険だなあ(柄谷のアソシエーショナリズムも彼の独創ではないし)。