odd_hatchの読書ノート

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廣松渉「マルクスと歴史の現実」(平凡社ライブラリ)

 マルクスエンゲルス共産主義社会がどのようなものかについてを詳述していない。初期の「共産党宣言」あたりには萌芽になるような記述があったが、のちに商品と貨幣と資本を研究するうちにそのあたりの記述はなくなった。そういうしだいなので、著者は手紙の類まで読み込んで、マルクスの考える共産主義社会の条件は「賃金奴隷制の廃止」「貨幣なき社会」であると考える。これを凡庸な自分が考えると、資本主義とか会社とかはもとより「国家」すらない(たぶん地縁血縁の共同体も、個々人の自由な参加による協同体(アソシエーション)ですらも存在しない)、いまだかつて人類が経験したことのない社会であるに違いない。すくなくとも自分の凡庸な頭では「貨幣」と「資本」のない経済体制というか生活を思い浮かべることができない。これから1000年後に生まれる人にとっては、自分の今の感想はどれだけ遅れているか、なんと抑圧的なかんがえの持ち主かと冷笑されているかもしれないけど。
 さらには、資本主義の進展に応じて共産主義を実現するためには、さまざまな政治的、社会運動的な組織の作成と活動が必要になる。いろいろそこで議論する点はあるにしても、政権を奪取するまでのストーリーも描かねばならない。マルクスは第1インターや第2インターなどに参加したが、政治的なリーダーシップを取れる人ではなく、常に少数派として多数派を批判する立場にあった。そのためにマルクスエンゲルスの考えている政権奪取、プロレタリア独裁の実現プロセスは明確にされなかった。おかげで、マルクスの後継者を自認する人物や組織で、綱領や方針は大いに割れてしまったのだった。議会主義か社会運動か、対権力闘争か社会民主主義者批判か、大衆運動か専任革命家の育成か、武装闘争か合法活動か、社民政権に参加するか連立すら拒否するのか、などなどいろいろな選択肢があり、百家争鳴の状態にあった。
 著者の考えは、たぶんレーニンボルシェビキ活動とロシア革命の1922年まではマルクスの道のりと同じであったとするもの。それがスターリン化、官僚化したのは、諸外国の軍事干渉、社会インフラの破壊による都市部の食糧危機、などのために、強制的な食料調達とそれを実現する超法規的な警察権力の確立したころ辺りにあったとされる。さらには諸外国との緊張で軍事力を強化しなければならず、そのために農民を搾取することと、工場労働の賃金化を制度化する政策をとった。それがさらなるスターリン化・官僚化の強化につながった。ロシア革命を規範とした他国の共産主義革命においては、ロシアと同様の官僚権力が育成されたのだった。どの場所においても「賃金奴隷制の放棄」「貨幣なき社会」は実現されなかったということになる。
 著者の見通しを卓見というべきなのか、それとも「時代遅れ」とするのかはなんともいえない。2010年に読み直しての感想はいまいる場所とはずいぶん異なった場所で書かれているなあということ。これを実践的に「可能性の中心」を探るのは難しいなあということ。
(とはいえ、共産主義の失敗については、いろいろなところから検証しないといけないとおもう。たとえば「オウム真理教」とか「ニセ科学」問題とかのからみで。人はなぜ権威主義組織に参加し、党派観念を持つようになるのか。)
 簡単にしか触れられていないが「私有」の廃止も共産主義の条件のひとつ。これは自明なのかな? 自分としては生産資本の私有に関する制限というふうにマルクスを読んでいるのだが、たとえばこの「私」が使っている服とか食器とかも私有は禁止になるのかな。それともこれらは「国家」とか「共同体」の貸与品であって死んだら返却(すなわち相続権は認められない)という解釈になるのかな。たぶん「私有」の禁止を運用するとなると、後者しかできないとはおもう。

笠井潔「熾天使の夏」(講談社文庫) - odd_hatchの読書ノート