odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

フランシス・ウィーン「今こそ『資本論』」(ポプラ新書)

 1980年前後の中越戦争(とベトナム脱出のボートピープル)、ソ連アフガニスタン侵攻のころから社会主義国への幻滅が募る。マルクス主義の人気も落ち、ソ連の危機で決定的になったのだが、定期的に「マルクスに戻ろう」というムーブメントが起こる。1980年代後半にそういう本が出た。次には2010年以降。21世紀のマルクス読み直しの運動は、資本主義が危機になっていること(通貨危機とかインフレ、デフレとか)と資本のグローバル化によって格差が拡大し多くのひとが貧困に陥らされていること。その際にマルクスは、資本主義の危機と人間の疎外を予言した賢者として現れてきた。あいにく社会主義共産主義へ至るプロジェクトの提案は、20世紀後半の社会主義国の解体によって見向きされない。

 さて、手元にあるのは2007年出版(邦訳は2017年)の「マルクス復権」をめざす小さな本。全体は3部構成。第1部はマルクスが「資本論」に着手するまで。第2部は「資本論」の内容紹介と死まで。第3部は死後の影響。本書は21世紀に書かれたので、第3部の情報が多い。マルクスの故郷や定住地のイギリスやドイツだけでなく、共産主義革命の成功したロシア、中国などの第三世界などでの受容と展開が書かれている。ここは自分の整理に役立ちました(これまでは1960年代までの本を読んできたので情報を漏らしていた。レーニントロツキー毛沢東などの散発な読書の成果がリンクできたという点)。
 1部と2部の内容は、大内兵衛マルクス・エンゲルス小伝」(岩波新書)や内田義彦「資本論の世界」(岩波新書)などと同じ。古い類書と違うのは、
マルクスの文体に注目。「私たちを狂おしい思いにさせる人びと、狂気に憑かれた人々の一人」であるマルクスを、T.S.エリオット、イエーツ、エズラ・パウンドシェーンベルクカフカなどの謎めいた、引用の多い芸術家と並べる。「資本論」もロレンス・スターンの韜晦と脱線と実験的な文体を継承しているとか、イギリス他の労働者の悲惨な生活の描写がダンテ「神曲」の地獄めぐりやゴシック小説のように書かれているとか。他にも、マルクスの書き方や文体が「資本論」のテキストを作っているとか、理論を抽出するだけでは、「資本論」を味わえないよ、という指摘。これらには、とても同意。まずマルクスの文体になじむことが大事。文学作品のようにアイロニーやパロディを読み取ろう。エンゲルスの文体は似ているが、全然違う。
吉本隆明も敗戦後にマルクスの文体に強い影響をうけたということを言っている。)
資本論を紹介するとなると、労働価値説や商品と貨幣、資本の形成過程などの長々しい説明があるものだが、そこはバッサリとカット。G(金)-W(物)-G'(金)が数ページだけ説明されるくらい(そこでは、金から物への転換過程と、物から金の転換過程は別ものという指摘が示唆的。企業においてもそのふたつは別々に動き、財務諸表という形式において統合されるのだ)。なぜかというと、マルクスは産業資本主義が外見とは異なる幻想の土地であることを警告しているから。
弁証法史的唯物論も説明がない。未来のあるべき社会主義の見取り図もないし、そこに至るプロセスも描かれない。
・そのような経済の説明よりも、資本主義の拡大が労働者の貧困を生む。貧困とは、最下層の人々をさしていて、労働者の所有が増えても資本に追い越され、貧困は人間の精神が砕かれることを説明したことが重要。古典経済学が無視してきた労働と疎外にこそ、人間の生の問題である(あるものが豊かになるためには別の人間が悲惨な生活を送ることが必要条件であるという。まさにドストエフスキーの指摘そのまま)。
 なので、「資本論」を経済学として読んだり、社会主義へ至るプロジェクトとして読んだり、将来の国家や経済などを幻視する予言の書として読んだりするのはやめよう。そうではなくて、「資本主義は搾取に依拠している」ことを指摘し、資本主義の在り方を解析する政治哲学の書として読んだほうがよい。そして「労働者(イマジナリーな存在としての)」の悲惨や貧困に対処する倫理や道徳を提示する書でもある。「資本論」を読んでも資本主義を超克する道筋は見えてこないが、資本主義の問題を改善しようという意欲はわいてくる。
 たかだか200ページの小さい本なので、内容は薄いが、「資本論」への向き合い方は最近自分が考えていることと似ていたので、参考になった。

 

 本書を読んだ勢いで横山正彦/金子ハルオ編「マルクス経済学を学ぶ」(有斐閣選書)初版1975年を2020/1/18に読んだ。失望。マルクス経済学って、「資本論」の議論から一歩も踏み出していない。資本主義分析も1930年代までしかできない。マクロやミクロの経済学が扱う問題を解説できない。金融、国際金融、労働市場分析もできない。不況やインフレ/デフレの対策をだせない。企業経営のノウハウも作れない。おまえら「資本論」が出た後、100年間何をやっていた、と怒りを感じるくらい。


ハンナ・アーレントはいう。

マルクスは経済学という新しい科学に政治学の要素を取り入れ、それを政治経済学(ポリティカル・エコノミー)と称するものにつくりかえた。つまりこの政治経済学というのは、政治権力に依拠し、したがって政治組織あるいは革命的手段によって打倒できる経済を対象とする経済学なのである。かれがこのように経済学をつくりかえたのは革命のためであった(「革命について」ちくま学芸文庫P95)」

なるほど!)

 

 ついでにメモ。レーニンの「カール・マルクス」(新日本文庫)を2022/4/20に読んだ。レーニンがスイス在住中に書いたマルクスの紹介文。上掲の「マルクス経済学を学ぶ」と同内容。とくに参考になる指摘はなかった。数多くの小論文も入っていたが、途中で読むのをやめた。