odd_hatchの読書ノート

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イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-3

2017/06/30 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会) 1982年
2017/06/29 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-2 1982年 の続き


 第2世代(クラーラたち)の物語。旧来の大農場経営がうまくいっている一方で、首都は近代化される。富豪の一家であるデル・バージュ家の人々はいちはやく社会の変化、グローバル化や西洋化の影響を受ける。

第6章 復讐 ・・・ 1940年の夏。ラス・トレス・マリーアスでのできごと。ペドロ・ガルーシア老人が死去。盛大な葬式。フランス人のジャン・ド・サティニィ伯爵が滞留して、チンチラの繁殖事業を持ち掛ける。優美な物腰に人々は魅了される。伯爵はブランカに求婚するが、断られる。老人の葬式にやってきた若い司祭がペドロ・テルセーロ。ブランカとの密会を見つけ、伯爵はエステーバンに言いつける(そのまま逃亡)。ブランカを鞭で打擲し、クラーラにも拳をふるう。ブランカとクラーラ、ペドロ・セグンドが首都にでていき、ラス・トレス・マリーアスにはエステーバンだけが残る。エステーバン・ガルーシアの密告でテルセーロの隠れているところをみつけたエステーバンは、テルセーロを襲撃し、指を叩き切ってしまう。テルセーロは逃亡。
(暗雲が立ち込める。エステーバン60歳、ますます不機嫌で怒りっぽくなる。クラーラ40代半ば、ぼんやりした中年女に。ラス・トレス・マリーアスをでてからは、エステーバンと死ぬまで口を利かなくなる。私生児エステーバン・ガルーシアは密告の賞金をもらえず、エステーバン一家を憎悪するようになる。ハイメとニコラスの双子も21歳。違いが明瞭に。ブランカ24歳。テルセーロ25歳。ラス・トレス・マリーアスの幸福な日々は悲劇的に終了。)

第7章 兄弟 ・・・ その秋。クラーラとブランカは首都の家に帰る。以前と同じように人の出入りが激しくなり、ブランカが主婦替わりになり(クラーラは家事をしなくなる)。ブランカが妊娠。激怒したエステーバンはジャンを婿にして盛大な結婚式を開き、二人を追い出す。エステーバンは農場に新しい差配人をおき、首都の家に住んで国会議員になる。クラーラは口を開かないが、一緒に社交会にでるようになる。ニコラスは「いつまでも子供」の夢想家。恋人アマンダを妊娠させ、兄のハイメに堕胎手術を押し付ける。
エステーバンの身長が縮みだす。180㎝超えの大男が普通のサイズに。不機嫌ですぐに激怒するのは相変わらず。この時代が最も激しい。息子や娘に暴君のごとくあたる。息子や娘は成人して、それぞれの性向がはっきりと。人気歌手になったペドロ・テルセーロとの愛を曲げないブランカ、社会運動・貧困救済活動に励むハイメ、夢想家で無責任なニコラス。アマンダとその弟ミゲルが登場し、デル・バージュ家にかかわるようになる。WWIIが進行中であるが、首都とラス・トレス・マリーアスには無関係。)

第8章 伯爵 ・・・ ブランカとジャンの新婚時代。チリ北部の街に屋敷を構える。ジャンは夫婦生活をしないかわりに、カメラ部屋にブランカを入れないようにする。ジャンはインディオの古い墓を盗掘して、埋葬品を密輸する。ブランカはミイラに怯え、ジャンのいない間に鍵のかかったカメラ部屋を開ける。その日に、ブランカは身重の体で家をでて、首都に帰ることにする。
(チリに舞台を変えた「青ひげ公の城」の物語。結末だけ民話とは少し異なる。チリでは「フランス人」が異邦人になるというのが新鮮な感覚。この国にいると、どうしても欧米に感情移入するようになるので。ジャンの性癖は、ヴィルヘルム・フォン・グレーデン男爵のそれに似ている。グレーデン男爵が撮ったシシリアの少年たち : ジャックの談話室参照)

第9章 少女アルバ ・・・ ブランカは帰省と同時に出産。子供の名はアルバ(夜明け: クラーラやブランカが白の言葉なのでその関連で)。クラーラやハイメ、エステーバンらがかわいがる。ニコラスはインドで修行してベジタリアンになって帰省。家族全員初めてそろった。アルバがエステーバンとラス・トレス・マリーアスにいったとき、エステーバン・ガルーシア(18歳、警察官志望、エステーバンが紹介状を書く)と初めて会う。アルバ7歳の誕生日にクラーラが死去。
(アルバが生まれてからクラーラが死ぬまでの7年間はエステーバンのいう「もっともいい思い出」のあった時代。それもクラーラの死とともに終了。クラーラの周りにいたよい精霊がいなくなってしまったからとアルバは考える。このころ、エステーバンが国会議員で、クラーラが降霊術と慈善事業に熱心だったので、屋敷には人があふれていた。しかし愛し合っているものはいなかった。)


 男性読者である自分からすると、エステーバンにしろ、ハイメやニコラスにしろ、ペドロ・テルセーロにしろ、その他の男性東欧人物は十分に個性的ではあっても、どこか浮世離れ(というか下半身を感じさせないというか)したところがある。彼らの属性や行動性向はなるほど男性のものだ。ではあっても、<この私>やその周囲にいる男からはなにかかけ離れている。どこかで、抽象化された、理想化された、類型化された人物に思えてしまうのだ。そのうえ、男性の欠点が指摘されて、暴力性や幼児性が強調される。一族のなかでは落ち着いた性格であるハイメですら例外ではない。自分からすると苦笑がしだいにひきつっていく感じ。
 その一方で、女性たちは、クラーラからブランカ、アルバの家族の直系の女性のみならず、乳母やインディオの女性まで、強い実在感と主張をもって描かれる。チリその他の中南米では、スペインとポルトガルの植民地になってから男性優位のマチズモが社会規範になっていて、女性の権利はないに等しい。それでも、この小説では、女性が家や家族の主導権をもって運営にあたっていたのがわかる。家事ができないクラーラでも、その存在が家族と使用人たちに大きな影響を及ぼして、エステーバン以上の権威をもって(というか敬意をうけて)家業を采配している。その傾向は次の世代のブランカやアルバ顕著に表れて、クラーラが存在の魅力で無言の権威(や敬意)があったのに対し、ブランカやアルバは権利を主張するようになる。なので、この小説の主題のひとつは女性の権利獲得や拡大の過程であるとみてよい(その点では第一世代のニベアが20世紀初頭に婦人参政権運動を行っていたのが象徴的。ニベア刀自の理想はアルバとその次の世代で実現する)。

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2017/06/27 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-4 1982年
2017/06/26 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-5 1982年