odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ゴートフリート・ケラー「村のロメオとユリア」(岩波文庫) 若い恋人たちが現状の不満や抑圧から逃げ、マジカルなパワー(月、魔術師)に当てられて死を決意した

 以前聞いたオペラ(フレデリック・ディーリアス作曲)の原作を持っていたことを思い出して読んだ。130ページほどの小品。あいにく絶賛品切れ中(2003年当時)。概要は次のとおり。
 風光明媚な南ドイツの山村に、マンツとマルチという農夫がいた。二人は村のはずれの荒地を開墾していたが、境界線をめぐっていさかいを起こす。裁判所で判決がでたものの納得できない二人はなおも争い続け、仕事がおろそかになって次第に貧窮する。マンツにはサリーという若者(20歳)、マルチにはヴァヘーレンという娘(17歳)がいた。あるとき、マンツとマルチが街中で喧嘩を始めた。それをとめようとして、サリーとヴァヘーレンが運命的に出会う。サリーは娘を忘れられず、彼女の家に出かける。ヴァヘーレンもサリーのことを憎く思っていなかったのがわかる。そこにマルチが酒に酔って現れると、敵の息子サリーを認め、殴りかかる。サリーは自分を守るために、手に触れた石でマルチの頭をたたくと、打ち所が悪くマルチは死ぬ。
 サリーはヴァヘーレンに村を出ようと相談。マルチ家はついに破産し、ヴァヘーレンは奉公に出ることが決まっていたのでその話に賛成。翌日の村祭りの日、サリーは銀時計を売って金を作り、ヴァヘーレンのために新しい靴を買う。すでに何もなくなった部屋で精一杯のおしゃれをして待つヴァヘーレンのなんと美しいこと。二人は村を出て、美しい花の咲く丘を越え、おしゃべりをしながら、有頂天になり、隣の村に行く。村祭りの最中、踊りに参加する二人は注目を浴びる。疲れて居酒屋に入るが、自分らの村の者が二人を発見。いがみ合っていた両家の子供らが一緒になっているところに、不信と蔑みの言葉を投げつけられる。
 いたたまれなくなって出て行こうとする二人に、居酒屋にいた旅芸人の顔の黒いヴァイオリン弾きが「村になんかかかわらなくても生きていける。この俺を見ろ。」という。それを聞いてヴァヘーレンが「死んでしまいましょう。」とサリーに提案。サリーも同意し、居酒屋を出て、河に向かう。満月の照る草原で、彼らは結びつく。河岸に干草をためた舟をみつけ、彼らはそれに乗り行き先のないまま漕ぎ出て行く。夜明けごろ、街中を走る河を行く舟から堅く抱き合った二人が身を投げるのが目撃された。
 なんてセンチな!と思わずにいられないほど甘い物語。これが書かれたのは1850年ころで作者は30代前半というところに注意する必要がある。パルプマガジンもない時代、「物語」は今ほど消費されてはいなかった。このような素朴な話が、読者の琴線に触れるのだ。
 このような若い恋人たちが現状の不満や抑圧から逃げて、心中するというのはとりたてて珍しい話ではない。ごく普通の少年少女たちである主人公は、トリスタンとイゾルデのように粘っこくきつい精神を持っていたわけでもなく、メリザンドのように異世界からやってきた妖精であったわけでもない。それにもかかわらず、読者の心に残るところがあるとすると、ひとつは草原や河岸での逢引がとても純真で美しいことにある。読者にも自分が手を触れることさえ躊躇われ、恥ずかしがるような心を持っていたことを思い出すとき、彼らは身近であることだろう。彼らの年齢が20歳と17歳であることを記憶して置こう。そのような「愛」の純真さを顕彰するというのは、19世紀のロマン派の心情にぴったりと一致している。比較にあげたトリスタンやメリザンドが19世紀ロマン派から20世紀の象徴主義の愛の物語であることを想起しておいてよい。
 さらには、彼らの死を決意するにいたる心情がわかりにくいということだ。彼らが現実を否定したい状況はいくつもある。実家が没落し経済破綻していること、サリーが殺人犯であること(物語ではこのことを深く言及していない)、彼ら若者たちに未来がみえなく行き止まりにあるように思っていること、など。しかし、このような状況を彼らは深刻に受け止めてはいないのだ。居酒屋で村人に発見されたときにも。彼らが心変わりを起こすのは、旅芸人のヴァイオリン弾きがかけたことばを聴いてからだが、それも説得的なものではない。自分が読んで感じたのは、ヴァヘーレンが死を決意したのは、その夜が満月で月の光に照らされていたこと。そして、旅芸人の顔が黒かったこと。彼らはマジカルなパワー(月、マジシャン)に当てられて死を決意したのである。

 CDで聞くならメレディス=デイヴィス盤

A Village Romeo And Juliet: M.davis / Rpo : ディーリアス(1862-1934) | HMV&BOOKS online - 5757852
 あるいは、ドイツ語版のキールオペラ。
歌劇「村のロメオとジュリエット」 D.ミドポー他/キール・オペラ合唱団/キール・フィル : ディーリアス(1862-1934) | HMV&BOOKS online - 999328

 DVDはペトル・ヴェイグルによる映画版しかないもよう。ヴァヘーレンの水浴シーンがあるよ。

『村のロメオとジュリエット』全曲 ヴェイグル監督、マッケラス&オーストリア放送響、フィールド、A.デイヴィス、他(1991 ステレオ) : ディーリアス(1862-1934) | HMV&BOOKS online - 0741779