odd_hatchの読書ノート

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アガサ・クリスティ「予告殺人」(ハヤカワ文庫)

 イギリスのローカル新聞に「殺人お知らせ申し上げます」の広告が載った。現場となる家ではまるで思い当たらない。しかし当主である老女が落ち着いて、みんな好奇心いっぱいで来るだろうから、お茶と軽食の準備をしなさいと命じた(たぶんイギリスの家庭料理では夕食にそれほど手間をかけない)。ふたを開けると、村から半ダースの人が来て、家のものも含めると、1ダースにもなる人数になった(ちゃんと書き分けるクリスティの筆の立つこと)。予告時刻になると、突然停電。食堂のドアが開いて、男の声で「騒ぐな」、そして数発の銃声。狂乱のあと、電気がつけば、当主が撃たれて耳から血を流し、台所には見知らぬ男が銃殺されていた。
 そのあとの長い長い訊問とおしゃべり。ほぼ何も起こらない(しかし過去が暴かれる過程がスリリング)。ある晩、当主の幼馴染の老女の誕生日に甘美なる死(デリシャス・デス)という菓子をだし、それを平らげた後、毒入りアスピリンを飲んで死んでしまった。村の中では、最初の事件のあと、部屋の中を思い出そうということになり、「彼女はそこにいなかった」と思い出した後、スカーフで窒息死させられる。

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 途中明らかになるのは、当主の老女について。彼女はゲスラーなる資産家の覚えがよく、死後財産を相続することになっていた。ゲスラーにはピップとエンマという双子の子供がいるが、先の大戦のごちゃごちゃで行方不明。いずれ発見されれば相続の優先権は子供らにある。当主には結核で亡くなった妹があり、形見はきちんと残している。
 家にいるのは、当主のほか、いとこにあたる若い男女、それに当主の古なじみの友人、大陸から渡ってきたらしい美人の下宿人に、おなじく大陸から流れてきたメイド。老女と若い人々との世代間格差は大きく、老人たちは嘆き、若者らは老人のいうことを聞かない。家の周囲には、退役軍人の家族、未亡人とドラ息子(小説家という触れ込み)、牧師の一家、養鶏業者らがいる(彼らが最初に事件で集まった人)。労働者階級や農業従事者はこの家の交際範囲に入らないのは、彼らが上流階級に入るからだろう。
 謎は、なぜ殺人が広告されたのか、最初の事件で当主らが知らない人が強盗まがいのあげくなぜ殺されたのか、あとの二つの事件でなぜ彼らが被害者になったのか、など。不可能犯罪ではないけれど、詳しく検討すると意味不明な事件の並びに見えるが、どういう論理のリンクになっているのかが問題にされる。これが最後に明らかになるとき、それまでのおしゃべりや検討会にでてくる断片情報がぴたぴたとあてはまり、事件の後ろで別の物語が進行していたことにびっくりする。
 事件に直接関与していない人にも、それぞれの思惑があって、独自に行動し、意見をさしはさむ。それは問題編のストーリーでは意味不明で支離滅裂なものにみえたが、後半でそれが合理的な意図をもっていることがわかる。「リトル・パドックス」という小さな館とその周囲のひとたちが社会に翻弄されて、行き場所や居場所を探していて、途方に暮れ逡巡したり、リスクをとって冒険を試みたり、とさまざまな様相を示す。それを描くクリスティの筆の冴えていること。表層は、田舎町の閑を持て余した人たちのおしゃべりがえんえんと続くだけであるが、その奥や底にあるものへの洞察は深い。なるほど、これはクリスティの傑作にして、代表作というにふさわしい。
 書かれたのは1950年。戦争終結から5年。戦争は生産設備を破壊させ、労働人口を減少させ、物資が乏しい。復興がまだまだ重要な施策であり、配給切符のような戦時体制時の制度は残っていた。そのうえ戦争は、大陸で大きな人口流動を引き起こし、ここには二人の亡命者・移民がいる。彼らの戦時体験は彼らの生活の桎梏になり(秘密警察の逮捕や拷問、レジスタンス闘士の行方不明など)、イギリスの人々の差別に吹き晒される。そこへの視線(クリスティの見方は移民に厳しめであるが)もあることが本書を重要なものにしている。

 

  


参考:イギリスの戦後復興
グレアム・グリーン「情事の終わり」(早川書房)
日本の探偵小説と戦後復興
横溝正史「獄門島」(角川文庫)
横溝正史「八つ墓村」(角川文庫)