odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

「竹取物語」(角川文庫) 列島最初の小説はその後の文学カテゴリをすべて網羅する巨大な器を用意していた。

 日本で最も古い小説。原文で読むのはつらいので中川与一訳でお茶を濁す。これでは絵本を読むのと変わりないのかな。まあ、いい。戦前の訳出と思われる格調高い文章なのだから。
 書かれたのは10世紀最初と目される。たぶんこの時代の原本はなくて、後の写本や別の記録との照合から推測したのだろう。「源氏物語」にはこの小説に言及したところがあるとの事。
 いろいろな読み方ができる。竹から生まれた姫というファンタジーであり、月世界人が月に帰るというSFであり、貴族の恋愛模様を描いたものであり、この世にありえない事物を題材にしたニセ科学に翻弄される貴族を馬鹿にする風刺小説であり、当時の世相や風俗を描いた小説であり、女の自立を試みる教養小説であり、地名の語源を明らかにする民俗譚であり、貧老病死のない月の世界をあこがれるユートピア文学であり、老いた夫婦の喜びと孤独を語る老人文学であり、と何とでも読める。なるほど、最初の小説はその後の文学カテゴリをすべて網羅する巨大な器を用意していたのだな。
 かぐや姫の無理難題は5つ。
・仏の御石の鉢 ・・・ 天竺のあるという鉢だが、要求された石作の王子はそうそうにあきらめる。
・蓬莱の玉の枝 ・・・ 車持の皇子は捜索の旅に出ることはなくて、職人に命じてそれらしいものを金属加工で作らせる。そういう職人が技能集団として存在していたことに注意。農工の分離はすでにあったのだった。また報償を欲した職人たちがかぐや姫の家に押しかけたことによって偽造が露見したのだが、何を支払うことになっていたのか。原文は禄。
・火鼠のカワギヌ ・・・ 左大臣阿部のむらじは唐との貿易船に望むを託す。部下に命じて唐国に赴かせ、それらしきものを購入してかえる。かぐや姫、それを火中にとうじたところ、燃え出したため偽物であることが露見する。鑑定眼のないものが詐欺師にだまされたという顛末。
・龍の首の珠 ・・・ 大納言大伴の御行は、自ら唐国へ遠征にでかける。しかし嵐にあって明石の浜に押し戻される。そして篤い病を得て、欲望を断念する。
・燕の子安貝 ・・・中納言石上のまろたりは、邸宅の炊事場に巣を作る燕を観察。高所にあるので、かごにのって燕が子安貝を産むのを待つ。それか、と思って手を出したところ、かごを支える綱が切れて、転落し、腰を強く打つ。手に取ったのは糞。腰を折ったまろたりはほどなく死亡。
 ここから教訓を得るとすれば、ニセ科学にはだまされるなよ、詐欺師に注意しろ、果てのない欲望は身を滅ぼす、無理難題を言い出す輩には近づくな、身の丈にあったほどほどが肝要、てなことになるのかしら。ここに書かれた貴族青年の行く末は今でも通じるようなアクチュアリティがあるよな。身にしみる。

    

 沢口靖子主演の映画「竹取物語」をデアゴスティーニのDVDでみた。感想はとくになし。竹取の翁が三船敏郎なので、並み居る貴族よりも存在感が強くて、バランスが悪かったような記憶が残る。