先のコリン・ロス「日中戦争見聞記」(講談社学術文庫)を補完する本。ロスは1939年に重慶に飛び、そこに首都を移動した国民党政府首領・蒋介石と会おうとしている。
こちらは、前年1938年の国共合作時代に武漢で抗日戦線宣伝に携わっていた著者の記録。有名人としては、周恩来が登場している。
国民党が共産党弾圧政策を行っていて、もともと中国南部にあった拠点を共産党は捨てざるをえなくなり、1934年から長征の徒にでている。1936年廷安到着。(長征の資料で簡便なのは野町和嘉「長征」(講談社文庫)1995。エドガー・スノー「中国の赤い星」(ちくま学芸文庫)あたりも参考に)。1937年盧溝橋事件があり、日中戦争開始。程なくして第2次国共合作。そして本書の内容につながっていく。
著者は、医師にして文人。若いころは九州大学医学部で学び、また書かれた時期の直前にも日本に滞在していた。戦後は文化活動に取り組む。文化大革命時代は周恩来との絆があって、どうにかやり過ごせたらしい。
継続的な戦争下で、悲惨な状況にあったことが容易に想像できるが、著者の筆致ではそのことをみじんも感じない。むしろ、非常時下のできごとがメルヘンのように美しくさえ見えてくる。また、彼は国民党の政治を痛烈に批判しているのだが、ユーモラスな書き方をしているので、国民党政府が児戯をしているかのように感じさせる。そのあたりの書き方は、中国の文章の歴史を踏まえたものであるのだろう。道中、桂林その他の景勝の地を訪れるごとに著者は詩文をものしているのだが、これもいにしえに習ったものだ。
抗日宣伝の組織運営にかかわっているのだが(上記のように日本留学の経験があり、日本語ができること、日本の国情に詳しいということからだ)、そこには鹿地某や池田某のような日本人が参加している。また武漢脱出行の際には朝鮮義勇隊が著者らを助けた。ほぼ同時期のスペイン市民戦争のときに、多くの国から市民応援の義勇軍が行った(オーウェル「カタロニア讃歌」参照)。それと同じようなことが、盧溝橋事件以後の中国で、東アジアの人々の手で行われたのではないかと思う。こちらの事例を自分はほとんど知らない。