odd_hatchの読書ノート

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ジョージ・オーウェル「カタロニア讃歌」(現代思潮社)

「内戦の取材のためにスペインへ渡ったオーウェルは、着くと同時に義勇軍に参加していた。彼はそこでどんなプロパガンダも色褪せる戦争の現実を見る。飢えと寒さの前線、粗末きわまる武器、無責任なジャーナリストたち、そして人民のためにあるべき社会主義権力が逆に人民を弾圧する悲惨さ・・・猥雑でむなしい局地戦を描きながら、その中でも人間性を失わない兵士たちを讃えた20世紀を代表するルポルタージュ(ハヤカワ文庫裏表紙のサマリ)」


 現代思潮社版をもっていたが読みにくいのでハヤカワ文庫に乗り換えて読了。
 スペインに長く住んだ堀田善衛によると、海辺のいくつかの都市を除くとスペインは海抜1000-2000mの高地にある。都市の行き来をするには、いくつかの山(ときに3000mを越える)を通らなければならない。夏は昼に気温40度を越え、その日の夜には氷点下にまで下がることがある。夏と冬が同居していてわけ。木がないので石造り建築ばかりであり、冬は寒さがしみる。またアストリアス付近のケルト人、カタルニアのカタルニア人、カステリアのスペイン人と言語・風習の異なる人びとが入り混じり、時として関係はよくない。オーウェル義勇軍のいた場所はそういうところだったのを確認しておこう。
 1931年に王政を廃止、その後の共和政では左翼的な政治を行う。それに対し1936年夏にフランコらの軍隊がクーデターを起こした。フランコにはナチスドイツが支援していて、共和政にはソ連が支援していた。民主主義の危機だ、というわけで周辺各国から義勇軍に参加する志願兵が相次いだ。またスペイン国内でもさまざまな立場のグループ、政党、義勇軍ができる。堀田善衛によれば「あらゆる思想が試された」そうで、この本にもソ連共産党コミンテルンの指示をうけない団体、グループがあった。第三インター(トロツキスト)、サンディカリストアナーキストその他。非常に多くの団体。グループが乱立していて名前を覚えるのが困難であるし、思想や政策の違いもあいまいだ。ときには人民戦線や統一戦線のような統一化が試みられたが、うまくいかない。彼らが制圧している場所では、さまざまな経済的な実験、改革の試みが行われている。地域貨幣や株式を従業員が持ち合う民主経営、将校と兵士の格をなくした民主軍隊、その他。またナチスソ連もそれぞれの思惑でスペインを実験場とした。ナチスは急降下爆撃、無差別爆撃、戦車を前面にだした機甲化師団による電撃戦を試した。ソ連は党による他派弾圧、粛清を行った。本書終盤にはオーウェルの所属していたPOUM(マルクス主義統一労働者党)が「トロツキスト」と規定されていっせいに党員と兵士を逮捕する様子が描かれる。この逮捕、長期間の拘留などはのちの収容所群島の組織化に使われる。
 オーウェルの経験したのは、1937年春のアラゴン地方の局地戦、5月のバルセロナ市街戦、6月のPOUM弾圧くらい。市民戦争は1939年4月まで続くので、知りうる情報はごくわずか。開高健「最後の晩餐」にあるように女、飯、糞の話が出てくる(女の話題は少なく、飢えと寒さが主)。あと前線であっても戦闘は少なく、退屈だが緊張と寝不足でイライラしてくるとのこと。
 彼が指弾するのはまずファランヘ党ファシズムであるが、直接対峙しているわけではないので記述は少ない。むしろ彼ら義勇軍の後方にいる連中に対して指摘。主要な標的はスペイン共和党共産党であり、それを支援するコミンテルンソ連共産党。彼らに対する指摘は厳しい。すなわち彼らはスペインの革命を望んでいない。むしろスペインの革命が挫折することを希望している、なぜならコミンテルンおよびソ連共産党の目的はソ連の祖国防衛であるから。そのために、POUMのような労働組合から組織化された政党を嫌い、排除しようとする。そのときに「トロツキスト」というレッテルを貼るのだ。彼らの反革命的なやりくちは5月のバルセロナ市街戦の報道と6月のPOUM弾圧に詳しい。
 その次にはジャーナリスト。彼らは前線に出てこない。取材活動も行わない。安全なビルの中で、食事とタバコを用意された環境(タバコの不足にオーウェルは悩まされた)で、宣伝文を書いている。オーウェルは次のようにいう。

「民衆はえてして、前線近くの兵士がたいてい飢え、恐怖、寒さ、とりわけ疲労のために戦争の政治的原因など考えようもしないことを忘れがちだ(P293)」

ここの民衆はジャーナリストに取り替えてかまわない。
 「カタルニア讃歌」を1938年に出版。これは反響はなかったが、別のエッセイで上記と同趣旨のことを書いたために、イギリスその他の共産党から批判を受ける。ここら辺の経験がのちの「動物農場」と「1984年」になるわけだ。
 本書には描かれなかった情報をいくつか。
加藤周一によると、フランコ軍政下にスペインを訪れ、市民戦争の史跡を訪れるとガイドはここで反乱軍(すなわち共和軍ないし義勇軍ないし国際旅団)をわが軍が英雄的に防いだと説明する。西側諸国の認識と異なる説明が行われていて、混乱したとのこと。
堀田善衛/加藤周一「ヨーロッパ二つの窓」(朝日文庫) 
堀田善衛によると、フランコ軍政倒壊後も市民戦争について語ることは難しいとのこと。どちらの側にいたのか、どのような行動をしたのかを公開することをためらわせる雰囲気があったという(「バルセローナにて」集英社文庫
2015/02/26 堀田善衛「バルセローナにて」(集英社文庫) 1989年
坂根利幸「民主経営の理論と実践」(同時代社)
河邑厚徳「エンデの遺言」(NHK出版)

このほかに、岩波文庫平凡社ライブラリ、ハヤカワ文庫の別訳がある。

        

ビクトル・エリセミツバチのささやき」はこの時代を描いたもの。