odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

横光利一「上海」(岩波文庫)

 この小説は、横光利一の最初の長編。1925年の上海騒乱に触発されて、1929年から2年ほど改造に連載されたとの由。この作家は、この20年ほど品切れ状態になっていて、ほとんど入手不可能になっていた。これも2000年の岩波文庫復刊で出版されたものを古本屋で購入した。おそらく入手困難の状況は続くだろう(2004年当時)。
 と思っていたら、没後50年が経過し、青空文庫に収録できるようになった。
図書カード:上海

 「1925年、中国・上海で起きた反日民族運動を背景に、そこに住み、浮遊し彷徨する一人の日本人の苦悩を描く。死を想う日々、ダンスホールの踊子や湯女との接触中国共産党の女性闘士芳秋蘭との劇的な邂逅と別れ。視覚・心理両面から作中人物を追う斬新な文体により不穏な戦争前夜の国際都市上海の深い息づかいを伝える。昭和初期新感覚派文学を代表する、先駆的都会小説。」
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 中国や満州を舞台にした小説は戦前にさかんに書かれていたらしいが、戦後、かの国への渡航が制限されていたために、戦後文学にはほとんどない。清岡卓行「アカシアの大連」と堀田善衛の「歴史」「上海にて」武田泰淳「風媒花」 「蝮のすえ」は数少ない例外になる。とくに堀田善衛の作は、1945−46年の上海を舞台にしているだけに、横光利一の作とは比較せざるをえない。
 結論からすると、横光の作は、上海という都市の把握において、人物の造詣において、物語の掘り下げにおいて、著しく落ちることになっている。昭和5年前後の不況時期において、上海を舞台にして、共産党崩れの人間の転落と、彼の地の人民蜂起の状況を書くことは、かなり冒険的なことであったろうにしても、横光の意識はそこにある状況を充分把握しえなかった。彼の知識人にしても、傍観者でしかありえないという状況認識は、おそらく当時の日本の知識人の限界でもあるはずだった。堀田は理解しがたい事態を前にして、理解しがたいということをそのまま表現しているのだが、とくに中国という国と人を理解しようとする運動があることが、作品を奥深いものにしている。ともに、中国共産党の地方指導者があらわれるのだが、横光の存在感の希薄な人物と、堀田の奇怪な造形にはきわめて大きい差がある。
 なお、この当時上海は英米仏日がそれぞれ軍隊を駐留している(とくに日本軍は大規模に派遣していた)。そこでは、国民党と共産党それぞれが指導する反日運動があった。軍による統治はほとんど成功することがないことを考えると、その点では作品が書かれてから60年たった今でもリアリティがあるだろう。
2004/04/25

 1920年代後半、日本の資本は中国に進出していた。同じ都市には、イギリス、ドイツ、アメリカなどのライバルもいて、激しいビジネス競争が行われている。日本の製品は品質は良くないところを価格で優位に立とうとしている。そのためには中国人を低賃金で雇用し、劣悪な環境で働かせていたのだった。なので、工場は常に不穏。いつ暴動が起きてもおかしくない。というのも中国共産党労働組合が日本の工場の労働者を組織しようとしていた。ロシアの亡命貴族もいれば、コミンテルンの手先もいるという具合。そこまでしても、日本が中国進出を図りたいのは、関東大震災と金解禁の失敗による不況で、国内経済はにっちもさっちもいかなくなっているから。しかも人口は毎年数パーセントずつ増加し、労働力は供給過剰。都市の失業者、農村の土地を持たない農民をどうにかしないといけないという問題があったから。
 さて、上海に進出するのは必ずしも優良企業ばかりではない。不良企業もいたし、一山当てようという山師もいたわけだ。主人公・参木が銀行勤めであるが、資金の焦げ付きをちゃんと処理しろと上司に進言したために辞表を出さざるを得なくなる。友人・甲谷は商社つとめ。シンガポールの木材の買い付けに失敗し、上海中を疾駆して売り先を見つけないといけない。同じく友人・山口はアジア主義者と称して、飲み食いに明け暮れるとともに、中国人の路上の死者から骸骨標本を作って海外の医師に売りさばくという怪しげな仕事をしている。彼らは上海の排日運動を前にして、バーやレストランに出入りして酒を飲み歩き、日本人娼婦のいる売春宿に入り浸る。そこには、いいとこの出でありながら転落した女もいれば、男に取り入ってのし上がろうというのもいる。
 主人公・参木は失業したあと、工場のストライキを準備している中国人女性・芳秋蘭に魅かれ、尻を追いかける。あるいはバーで知り合ったオルガというロシア人亡命貴族にまとつかれる。そういう女を追いかけては、捨てて、結局は売春宿の純情そうな女のもとで眠る。こいつは、ストライキから暴動、軍隊出動から虐殺にいたる過程を見ていながら、まるで変わらない。そういう世界や社会へのコミットや観察を放棄して、たんに自分の孤独や未来のなさを嘆いているだけ。そういうとても生命力に乏しい男。それは甲谷にしろ山口にしろ同じ。おしゃべりは達者だが、観察もできず、行動も中途半端。なんとも情けない男たち。それは期せずして当時のインテリのメタファーになっているのかな。
 そうなるのは、上海にいながら<外国>と交通しないことにあるのだよね。ロシア人の亡命貴族、アメリカやドイツの商社マン、上海市長舎の上級者などに会うのだが、軽蔑と無視だけがある。なにより路上の乞食や暴動を起こす労働者などの中国人を見えないものとみなす。ある時、路上の死者をみかけるが、参木は歩くのに邪魔なモノとしか扱わない。というのは、彼らは上海にいながらそこを日本の延長としてしかみないから。日本のインサイダーにあるものだけが彼らに重要で、そこの内部でだけ通じる論理だけが正しいとみなす。そういう連中の物事のみかたは、週刊誌並みの皮相な見解だし、外国人の不幸や不遇は無関係なものであるから。あれだけの暴動(一工場のストライキが市内の暴動に転化し、軍隊が出動するさわぎ)になってもなんにも感じないのだもの。山口のアジア主義も日本の都合を押し付けるものだし、それに応じる中国人インテリの言は機会主義者で漁夫の利を得ることくらいの内容だし。鈍感としかいいようがないわ。それは彼らがいつでも日本に戻れる、日本の庇護にいる(暴動のあと、日本軍が到着して日本人街を警備することで問題解決とみなしている)から。生きる個の肉体として、その場所と対峙しているわけではないから。すごく甘ったれた連中の酔狂が書かれている。
中村光夫「風速小説論」横光利一を罵倒するくらいに批判していて、その骨子は風俗ばっかり書きやがって、ちゃんと個や主体を見ろというものだった。実際、「上海」ではバーや売春宿や下宿の様子は詳しく書かれる。その点では、中村の批判と同じことを自分はいっているのかもしれない。)
 マルローの「人間の条件」金子光晴の「マレー蘭印紀行」開高健の「ベトナム戦記」のほうが(上記の戦後文学の作もあわせて)、はるかに真摯に社会や思想をみすえている。あるいはヘミングウェイの「武器よさらば」のイタリアとか「誰がために鐘は鳴る」のスペインとか、オーウェルの「カタロニア讃歌」のスペインとか、リードの「世界をゆるがした十日間」とかと比較してもよい。再読する価値はなかった。
2014/01/11