odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

西尾幹二「ニーチェ」(ちくま学芸文庫)

 ニーチェという人は、著書は読まれるのであるが、その割りに人生についてはあまり知られていないのではないか。古い映画に「ルー・サロメ」(タイトルはうろ覚え)があって、ドミニク・サンダ演じるルー・サロメが一時期の愛人としてニーチェと同棲しているところが描かれていたと思う。そして廃人になったニーチェが虚ろな目でマーラーさすらう若人の歌をピアノで引くのが印象的だった。そういう風に断片的な情報しかもっていないのである。

 著者は、ニーチェの人生を極めて克明に調べる。その結果、大学を卒業し、地方大学の人文学教授として雇用され、問題作「悲劇の誕生」を書くまでで、実に1000ページにわたる評伝を書いてしまった。ここには、ニーチェの誕生から始まり、寄宿生時代の課題レポートのことまで参照されている。興味深いのは、もともとギリシャの文献学者として、きわめて有能な古典読みであったニーチェが、当時としては学問分野の範囲を超えた発想を著書に言明したということで、さらには当時の論文の規範を逸脱した奇怪な書物を書いたということだった。病弱で神経的にもタフではないにもかかわらず、その主張においては激烈であったというアンバランスが不思議であり、目を引かれることになるのだ。
 残念なことがあるとすれば、この書物が未完であることで、この先「ツァラトゥストラ」をどのように構想したのか、ヴェニスをどのように経験したのか、上記ルー・サロメとの生活はいったいどういうものだったのか、死後どのような影響を及ぼしたのかなど、未踏査のさまざまなことがある。著者はニーチェ研究から遠く離れてしまったようだが、そんなことより続きを書きなさいよ。

  

 おまけ。「超訳 ニーチェの言葉」について。実はコンビニで数ページをちらみしただけなのだけど。どうやら元気を出すための言葉として、あるいは経営や仕事の役に立つ言葉として、ニーチェの言葉を読もうとしているらしい。それが成功したのは、ニーチェの言葉そのものではなくて、編者が付けたキャッチのほうにあると思う。それと余白たっぷりのレイアウトに、1ページに1箴言という読みやすさ。編集の力のほうが売り上げに貢献した。
 西尾の「ニーチェ」にあるように、ニーチェという人はひどく病弱であって、しかも神経の消耗も激しく、大学の教授も務められないくらいなのであった。退職したあとは文筆家(むしろフリーライターか)になったが、売れ行きはひどく悪く、30代--冒頭のころの「人間的な、あまりに人間的な」は百部も売れなかったのではなかったかな。そんな具合に、ニーチェは実生活では惨憺たる有様だった。だからなのか、にもかかわらずなのかはわからないけど、彼の言葉の中では強さを語り、永遠を強調したのだった。そのあたりの言葉と生活のアンバランスは意識しておいたほうがよい。少なくとも、ナポレオン・ヒルとかカーネギーのような成功者の実体験に裏打ちされた言葉ではない。むしろ、こうありたいという願望のことばだったのだと