odd_hatchの読書ノート

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荒俣宏「稀書自慢、紙の極楽」(中央公論社) ビブリオマニアがものとしての本に向けるフェティシズムの狂気と修羅

 本を集めるとき、あるいは保管しようとするとき、注目するのは内容や書かれていること。夏目漱石坊っちゃん」に熱烈な愛着を持ち、座右の書として永久保管を決めたとする。その時に保管する一冊は自分の読んだ本であって、新潮文庫岩波文庫・角川文庫・集英社文庫講談社文庫・青空文庫のすべてを収集しようとは思わないし、表紙のバージョン違いを揃えるまではしない。「健全な良識」はテキストが同一であれば、版の違いは無視する。
 それは本の価値をテキストにおいているからだけど、ときにはものとしての本に価値を見いだし、テキストを読めなくとも、ものとして特徴ある本を集め、書棚に並べ、眼福を楽しむことがある。まあ、「健全」な「良識」からは「狂気」にしかみえないし、「ついていけない」世界になるわけだ。それでも、「狂気」の淵をのぞくことによって、自分の怪物を見つけることもできるわけで(@ニーチェ)、普段はかくされている「怖ろしい」世界をみることにしよう。案内人は稀代の本フェチ(褒めています、もちろん)荒俣宏そのひと。この人に人生をふりかえってもらって、「稀書」の地獄と煉獄と天国を冒険する。

 とりあげられるのは、
・「ウィアード・テイルズ」。ラブクラフトパルプ雑誌
・ダンセイニ。筆写。
楳図かずお水木しげる。貸本漫画。
・雑誌「マンハント」。ペーパーバック。
平井呈一。「世界怪奇小説全集」。
・図書館の蔵書目録。古本屋の在庫目録。サザビーのオークション目録。
・書誌目録(リファレンス・ブック)。手彩色挿絵本。
・西洋の書物の黄金時代。1)15世紀半ばからの百年間。初期印刷本(インクナブラ)時代。2)16世紀後半からの百年間。ドイツ木版本。ゲスナー「博物誌」(第1巻1549年から40年近く)。3)バロック本。銅版印刷。ショイヒツァー「神聖自然学」(1731-35。)4)18世紀後半から19世紀半ばまでのフランス出版物。ロマンティック本。
・ベルトゥーフ「少年柄入り百科」(1792年から40年近く)。世界の模型。
・18−19世紀の航海冒険記録。
・江戸時代の博物学本。とくに写本。絵師の熱意について。
・本のオークションについて。サザビーズとクリスティーズ
・解剖図譜。ロジェ・カイヨワ
・コスチューム・ブック(19−20世紀のフランス)。
などなど。
 魅力ある本ばかりなのだが、1冊数万円から巨大な稀稿本になると1千万円を超える! これは相当の覚悟がいるなあ。10年探し続けてようやく入手した本が到着した時の至福のとき。でも、自分が死んだあとに収集した本が散逸するのもいやだし(それがあってか、著者は博物学関係の本を出身大学に寄贈したとのこと)。そんな葛藤と法悦を交互に繰り返す、書物の地獄と煉獄と天国を垣間見せてくれる。安い和書で満足している自分からすると、まるで冒険小説のような驚きの連続。
 さて、自分はこのような「狂気」をもてるのか。どうも心のうちに著者や他のビブリオマニアのような「修羅」をもっていないようなので、狂気と対峙するかわりに、このような本を読んで代償作用にすることにした。図や写真がたくさんのっているので、文庫より版の大きい単行本のほうがよいけど入手困難。

 門谷建蔵「岩波文庫の黄帯と緑帯を読む」(青弓社)や近藤健児「絶版文庫交響楽」(青弓社)くらいの情熱だと少しは共有できる。前者はタイトル通り岩波文庫の黄帯(日本古典)、緑帯(日本の近代文学)を全冊読もうという冒険。後者は絶版文庫に特化した収集。戦前に刊行されてそれきりという本もあり、ネット古書店のない時代は足で探さないといけない。尾崎俊介「紙表紙の誘惑」(研究社)は欧米のペーパーバックの収集。こちらになると、でかけるか海外の古書店の通信販売で購入することになる。