odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ミシェル・ルブラン「未亡人」(創元推理文庫) 不倫夫婦で起きた事件。夫視点ではよくあるストーリーを女性視点にしたのが1960年ころには目新しい。

 自分の持っているのは1981年印刷のもので、カバーにはNHK銀河テレビ小説「鏡の中の女」の原作であるとクレジットされている。主演は多岐川裕美。1981年8月17日から9月1日までの全20回(1回20分)。自分は未見。

未亡人 ・・・ 貿易商ダニエルは事業は成功して、若い妻を持っていたが、妻は現状に満足できず若い男と不倫していた。さて、バーで飲んでいる最中に妻コーラはダニエルに全部知っているぞ、しかし離婚しないぞと告げられる。コーラは夫のへの憎悪がましていき、リオンへの急な出張のとき、コーヒーに睡眠薬を混ぜた。後悔するコーラに不倫の相手は怯えている。さて、夫の事故の知らせを受け、病院に駆けつけたが、入院しているのは夫ではない。さらに夫から弁護士にあてた手紙が見つかり(俺が不審死を遂げたらこの手紙を警察に提出せよ)、さらに夫から電話が入る。事故で入院したのはおれの替え玉だ、と。夫殺害計画はすでに発覚していて、今度は自分が追い詰められる番になり、しかも不倫の相手はまるで役に立たない。そして最後20ページの間に怒涛の展開が起きて、「パリの空の下、セーヌ河が流れる」のシャンソンの流れる中、破滅が訪れる。
 主要な登場人物は五人。夫婦に、不倫相手に、夫の秘書に、替え玉。心理の焦点はもちろん妻コーラにあって、訳者のいうほど悪女とは思われず、計画性のない・行き当たりばったりの・責任感のないガキというか子供だ。彼女の未熟な感情が破滅にいくまでをうまく描写。彼女の心理が読者の心理と共鳴するのであれば、これは優れたサスペンスであろう。そうでないすれた読者は夫の側にたって彼の利益をとことん考えると、計画は見えてくるのではないか。ミステリーではそれまで(1960年ころ)夫の側に立って書かれていたので、視点を変える、あわせて弱者(女性)の側に立つというのが新しかった(はず)。
 いずれにしろ、これは映像にするのがよいストーリーであって、上記のようにTVドラマになり、フランス本国では映画にもなったとのこと。なお、1940−50年代はフランスでジャズが大流行。なので、彼女の焦燥感はマイルス・デイヴィスとかMJQなんかに重ねるといいのかな。

罪への誘い ・・・ タイトルは翻訳者のつけたもので、ボードレールの「旅への誘い」が念頭にあることは明らか。
 老舗のレコード会社がある(小説中のレコーディング風景は興味深かった。クラシックにしろジャズにしろ初期のレコーディングはスリリングな体験で、しばしば歴史的な重大事が起きた)。初代社長は老齢で引退。二人の息子が経営しているが、弟はシャブ中で未成年を連れ込んで裁判沙汰になるし、兄は弟の借金を肩代わりさせられ、しかも色目を使っている若い技術主任(女性)にプロポーズすると邪険にされ、しかも弟と仲がいいということで激高しかねない。ある夜、技術主任から電話がかかり、弟に乱暴された、頼れるのはあなただけといわれる。そこから兄は弟殺害の意思を抱き、技術主任と完全犯罪をもくろんだ。というのが4分の1のストーリーで、続く4分の1で兄の犯罪準備が描写される。金曜日の夜、兄の別荘に弟をおびき寄せた。すべては計画通り・・・このあとは二転三転するプロットを楽しんでくれ。とにかく、3回にもわたって物事すべてがひっくり返っていくのだ。しかも登場人物は5−6人。このわずかな人数でもって、どんでん返しをするのだから、この作者は相当なてだれとみた。実際、一時期、この作者の作品を原作にした映画がたくさんあったというのだし。
 この二つの小説にはいわゆる不可解な謎はないし、途中の実証主義的な捜査もないし、論理的な解決であっといわせる仕掛け(トリック)もない。しかし、ジャンルとしてはミステリーというしかなく、それは最初の設定(人物配置とかグループの内情とか資産をめぐる思惑とか)を次々とひっくり返していく手際のよさであり、前半に張った伏線がしっかりと回収されるところなど(「罪への誘い」では兄の趣味が最後のどんでん返しに関わっている)。
 初出が書かれていない(解説には必須な情報なのに)。たぶん1950年代後半から1960年代前半。テレビの普及が始まったころで、ダンス音楽(カリプソ、チャチャチャなどのラテン音楽)の需要が高いころなので。

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