odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

都筑道夫「世紀末鬼談」(光文社文庫)

 1987年初出の短編集。恐怖小説と探偵小説が同じくらいの量で収録されている。

夢しるべ ・・・ 妻と別れて別の女をかこっている男が、間男をしている夢を見る。覚めると、その女から鍵を返せと電話、喫茶店で待つ女は妻の顔で、声は女で、いや声も妻で・・・ 夢と現実の境が崩れていくその隙に置いたひとつの言葉がもう一回世界をひっくり返す。
自動販売機 ・・・ 深夜、仕事に行き詰った作家が散歩に出る。煙草を吸いたいが、小銭がない。同じく煙草を切らした男と無人の街をさまよう。機械が狂って、人間を襲う(というのもおかしいかな)。1980年代のコンビニも携帯電話もないまっくらな街の路地を知らないとこの話は辛い。あと、マイクロチップを入れた機械(FAXとかワープロとか洗濯機にラジカセに)が生活に現れだしたのがこのころ。なので機械=生命論的な考えが身近になってきた。
声だけ ・・・ 写真家に霊感女優他が幽霊屋敷に深夜張り込む。幽霊は出たが、姿を見せない。みんなで姿を見せてくれと説得しようとするが。
赤い鍵 ・・・ 深夜眠れない女に電話がかかってくる。突然の地震、壁にかけた写真の裏から赤い鍵が出てくる。その鍵は分かれた夫の部屋のものだろうと調べてみると、夫の死体。しかし、友人に確かめさせると死体はないという。夢と現実と妄想を混乱させていく描写がみごと。
にわか雨 ・・・ 殺された女のところに絵葉書があってあなたの筆跡なのですが、と刑事が作家を訪れた。しらを切ったが、別れた妻が知っているに違いない。それは口述筆記をしていたときに出したものだから。足は自然と殺された女のところにむき、にわか雨で雨宿りをしているときに殺された女が声をかける。夢と現実と妄想を混乱させていく描写がみごと。
ころび坂 ・・・ アパートの住む女のところに通う男。毎晩、隣室の喘ぎ声を聞きながら女の誘いに乗ってしまう。あるとき、アパートを管理する老婆の話を聞いてから、女の様子が変わっていって。
開店祝いの死体 ・・・ 「全戸冷暖房バス死体つき」に収録されなかったコーコシリーズの短編。書誌が書かれていないので推測になるが、文庫初版が1987年で長編も同じ年だからそのころ。となると、前作から10年ほどたっている。さてその間、コーコに何があったか。もう大学は卒業しているみたい。ここからあとは猿(ましら)は登場しない。商店街の横丁にもとは喫茶店だったのをスナック「亜蘭房」に変えてオープンする前日。内祝いに男が闖入して「開店祝い」といって死んだ。死因は腹に刺されたナイフと思しきもの。さて、ダイイングメッセージの意味は? 
育った死体 ・・・ 商店街の階段で泣いている男の子(幼稚園児くらい)がいる。気になったので警備員の兄を連れてくると、そこにいたのは30代の男で虫の息。最後のことばは「たかし・・・りいち」だった。さて、ダイイングメッセージの意味は?
生きていた死体 ・・・ 「家内を殺すかもしれないので止めてください」という電話がかかってきた。いたずらかと思っていたら、団地で人妻が殺されている。それから6日後、もう一回電話がかかってきた。
もしもし倶楽部開業 ・・・ 「もしもし倶楽部」は人生の悩みを電話で聞きますよ、でも維持費をくださいというシステム。電話相談の第1号は、一年たったら結婚しようと約束したのに、3か月たったところでしばらく会えないといわれた男。派手目の服を買い、尾行もしたという男の話だけで女の行動の謎を解釈する。
秋風よ ・・・ 6年住んだマンションから越したが、夫が1週間残ることになった。年に一回幽霊が出るので、それを待つことにした、というのだが不安で。白秋や佐藤春夫の詩を読み、ロマンティックな男と自称する中年男に起きたことは何か。
三月十日 ・・・ この日の年号は1945年。東京大空襲の最中に人を殺した、という告白。それから数十年、その時に殺した男の妻の息子が老人の娘の婚約者として現れた。もしかしたらその男は自分の息子かもしれない。どうすればよいだろう。解決困難な倫理の問題を大衆小説はうまくはぐらかしたが、空襲の描写は戦慄的。体験者の語りも読んでください。
 「もしもし倶楽部」は電話を文字起こししたという設定なので、地の文がない。こういう実験は筒井康隆が1960年代に短編にしたと思うが、探偵小説ではまあ珍しいなあ。「しゃべくり探偵」の前にセンセーはすでに試していたんだ。「退職刑事」「泡姫シルビア」もそうだ、といえなくもないけど、ここまで徹底していない。電話のような顔を合わせない会話だと真相をあきらかに、というわけにはいかないので、もっぱら相談者の憑き物落としに専念することになる。
 文庫は絶版だが、電子書籍で購入可能。
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