odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「まだ死んでいる」(光文社文庫) コーコシリーズ3。死体が動き回っては消えるというのが繰り返される。もう一つの趣向は、探偵がいっぱい。

 メゾン多摩由良に入っている不動産会社のオフィスで死体を発見。早速、警備会社社員が確認にいくと、死体は消えている。続いて駐車場で死体発見の報が到着。すわ(死語)、ということで現場に向かうとまたもや死体が消えている。コーコから事件を聞いたタミイはさっそく団地周辺の捜査にかかり、藪の中に死体を発見した。警備員がタミイを監視していたので、今度は死体を収容できた。さらに509号室で死体が発見される。

 死体が動き回っては消えるというのが繰り返される。その趣向がノックス「まだ死んでいる」と同じだというので、タミイは「まだ死んでいる」殺人事件と命名して、今谷少年探偵団の会議を招集した。この時代(1988年)には、ハヤカワポケットミステリ版のノックス「まだ死んでいる」は希書になっていて、古本屋ですら入手できず、登場人物は読んでいない。自分が読んだのは1990年代の復刻版だったと思うので多少はついていた(それでも古本屋の隅っこでみつけたのだが)。ノックス作では保険会社の調査員とその妻が事件を解釈する会話が延々と続いたが、こちらでも少年団員の検討会はなんども繰り返される。それが嫌味にならないのは、会話の参加者が複数いて、ときに主導権を変えながら合議をしているためか。まあ、会話の文体が複数あるので(初老の作家に、海外ミステリ翻訳家に、江戸文学研究の院生に、自称家事手伝いの女性に、前回から「ゴクミ(知っているかな)」似の中学生が加わる)、それぞれの会話の妙を楽しめばよい。
 そこに加えたもう一つの趣向は、探偵がいっぱい。警備員の父と兄、警察に加えて、タミイが不審な男の追跡をして多摩由良から水戸まで尾行するわ、元やくざとおもわれる男の後を中学生の満智留ちゃんが尾行するわと大活躍。いずれも下手な探偵術でほどほどの痛手で済むのはヒッチコック映画のヒーローたちと同じ。まあ、市民生活でこういうことはやめましょう。本職のじゃまになるし、なにしろ私憤による復讐が行われないように、敵討ちがより大きな被害にならないように、警察権は市民から「国家」に権限委譲したのがわれわれの近代国家だから(ロック「市民政府論」)。
 死体の身元が判明しても、それぞれの関連がわからない。一度タミイは団地の張り込み捜査中に、大きなバッグを持ち出す男を見つけて誰何する。そしたら中身はなんと女性ものの下着。しかし、そこには覚醒剤が隠されていた。団地も物騒になったねえ、ということで捜査にもどるが依然として進展しない。でも、最初の被害者と同棲していた女が自室で殺されているのが発見されて、事件は急展開。中学生の満智留ちゃん、危機一髪。
 事件の複雑さは人間関係の錯綜と各人が勝手な思惑で動いてしまったため。団地という場所だと、モリアティ教授のような天才的犯罪者もショッカーや科学時代の悪「Q」のような組織はいないということか。犯人の動機も世知辛いもので、それはリアリスティックなものだけど、古い探偵小説のような爽快感はないな。ここはノックスの同名作でも同じだったような。それは、当時の新本格派の泥くさい動機にたいするセンセーの別解答であったのかなあ。

  

<参考:コーコシリーズ>
2012/10/12 都筑道夫「全戸冷暖房バス死体つき」(集英社文庫)
2012/10/11 都筑道夫「世紀末鬼談」(光文社文庫)
2012/10/10 都筑道夫「髑髏島殺人事件」(集英社文庫)
2012/10/09 都筑道夫「まだ死んでいる」(光文社文庫)
2012/10/08 都筑道夫「前後不覚殺人事件」(集英社文庫)
2012/10/07 都筑道夫「南部殺し唄」(光文社文庫)