odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「前後不覚殺人事件」(集英社文庫) コーコシリーズ4。探偵がいないので素人捜査をはじめてめちゃくちゃに。複数の語り手による文体の違いに注目しましょう。

 コーコシリーズの長編第4作。
 天才少女の満智留ちゃんが古本屋を覘いていたら、クラスメイトの寺沢くんに声をかけられ、文庫本ほどの大きさのものを渡され、なにかあったら「アブドラに行け」という。気になった満智留ちゃん、今谷少年探偵団に相談することにしたら、そのまま寺沢くんは失踪。近くの廃工場で刺殺されているのが見つかる。なんと部屋は内側から目張りされ、建物は施錠され、門にも鍵がかかっていた。なんという四重密室! これほど厳重に密閉された密室は前代未聞だ、とはりきりたかったが、捜査は警察の手に移り現場検証もままならない。しかも今回はコーコは行方不明、親父さんにたずねてもはかばかしい返事が返ってこない。そこで残った探偵団の諸君、満智留ちゃんにタミイにお春に周平が分担して記録を残すことにした。

 初出の1989年はプロレス冬の時代がすこし明るくなってきたころ。全日本プロレスのマンネリに、新日本プロレスの数回の暴動騒ぎで80年代後半から人気が落ちていたのだよ。でもってUWFの「リアルファイト」にファンが移り熱狂していたころ(その反映はたとえば竹本健治ウロボロス偽書」(講談社)にみることができる)。たしかにこのころからプロレスショップができていた(有名なのは水道橋・後楽園ホールのビル1階にあった店、なんて名前だったかなあ)。でも大都市にしかなかったと思うし、ブッチャー(「アブドラ」はプロレスラーの名前でプロレスショップの名前)はメインイベンターを退いていたので、それほど人気はなかったよ。当時ならハンセン、ベイダー、ホーガンではなかったかな。
 あと、80年代前半の中学生の「叛乱」が背景にある。この場合では、荒れた中学生高校生が年上の愚連隊(死語)とかかわっているうちに、足抜けできなくなってしまっているというところ。学校で荒れる→暴走族→暴力団というルートは今も昔も変わらずにあったわけだ。殺された高校生もどうやらその類であったらしい。そのうちにエレベーターでバナナの形をした果物ナイフが見つかり、警備員に預けていたら同じナイフで刺された死体が見つかった。
 今回の趣向は探偵がいないので、それぞれが素人捜査をはじめてめちゃくちゃになるというところ。前作がノックス「まだ死んでいる」のパスティーシュであるとすると、こちらは「陸橋殺人事件」がモデル。コーコがいないから警備員からも警察からも情報がはいらなく、さまざまな思い込みが事件を複雑にしていくわけ。なので、主題は四重密室にはなくて、謎のメッセージに互いに脈絡のなさそうな10枚の写真の解釈にある。これも探偵の側の知識不足のおかげで難しくなった(逆に言うと関係者には一目瞭然であった)。というわけで、情報不足で推理を進めるととんでもないところに行ってしまうというユーモア小説なのでありました。
 なお、複数の書き手がいて文体を変えている、というのがこの小説の面白さ、と解説者はいっている。それをいうなら「やぶにらみの時計」「誘拐作戦」など初期作品にも言及して欲しいし、短編集ならもっとたくさんのナラティブをならべた(おっと!)もあるのだけどねえ。というのも、10代20代が書き手なので、さほど文体の違いがあったとは思えず、そこは重要とは思えなかった。まあ、漢字が多いとか外来語の表記にこだわっているとか、古文を参照しているとか、そのあたりに気が付いているのはさすが。
 後、特に前半でセンセーおとくいのうんちくが語られているのも面白いし、章の初めの引用がパスティーシュ(探偵役を借りて別の作者が書いた作品)ばかりというのも面白い。後者は複数の書き手に関する自分の推理の傍証になってくれる、はず。

  

<参考:コーコシリーズ>
2012/10/12 都筑道夫「全戸冷暖房バス死体つき」(集英社文庫)
2012/10/11 都筑道夫「世紀末鬼談」(光文社文庫)
2012/10/10 都筑道夫「髑髏島殺人事件」(集英社文庫)
2012/10/09 都筑道夫「まだ死んでいる」(光文社文庫)
2012/10/08 都筑道夫「前後不覚殺人事件」(集英社文庫)
2012/10/07 都筑道夫「南部殺し唄」(光文社文庫)