odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

都筑道夫「泡姫シルビアの華麗な推理」(新潮文庫)

 1980年前半の吉原周辺および「トルコ風呂(当時の呼称)」の風俗を描きながら、アームチェア探偵(職業からの連想で「ベッド・ディテクティブ」と呼ばれる)を行う短編集。個人的な感想だと、ノースキンであることを除けばサービス内容はほぼ今と変わらないなあ、高級店とはいえサービス料は今の中級店なみでこれはバブル時代のインフレのためなのだろうなあ、と呆けた感想を持った。また事件や推理とは関係ないところで、店内でのマナーや姫の感情が書かれているので、独身男性はそこを覚えるために必読ですね。すくなくとも店内では「金や装飾品を見せびらかさない」「姫に人生訓などお説教をしない」「公休の姫を店外に誘うのはダメ」などを銘記しておくこと。あと「店に行く前には身ぎれいに、清潔に。爪を前日に切れ、店に入る前にシャワーを浴びろ。酔って来店すると嫌われる。」も。あれ、何の感想を書いているのだっけ(笑)。
 で、吉原の高級ソープ「仮面舞踏会」のシルビア嬢が客の相手をしながら持ち込まれた問題を解いたり、姫仲間の事件を解決したり。

仮面をぬぐシルビア ・・・ 馴染みの客がシルビアに悩みを打ち明ける。手帖に挟んでおいたシルビアの名刺を妻に見られたらしく、机に上に置いてあった。夫に不倫癖があり、妻が相手を事件を起こしたことがあるので、今回もそうならないかと心配している。シルビアは解決したけどサービス料を取り忘れてしまった。
密室をひらくシルビア ・・・ ある姫が接客中に部屋をでてしばらくして戻ると、客はのどを切られて死んでいた。姫に容疑がかかるが、客はフリーでついたのでなじみではない。接客中のビルのフロアは人の出入りが難しいし、店内では姫と客が相互にアリバイを申し立てるので、密室状況になるというのがおもしろい。
除夜の鐘をきくシルビア ・・・ 妻が殺されて容疑者になっていた男が久しぶりにシルビアを予約した。妻は口をふさがれて窒息した時、ブラウスとブラジャーを引きちぎって外していたのだった。このダイイングメッセージの謎を解く。
宝探しをするシルビア ・・・ シルビアの同僚が殺され預金通帳が消えた。死んだ同僚の友人の話を聞きながら、シルビアはありかを推理する。預金通帳のありかを示唆するものが部屋にあるのだが、その連想の仕方がすこし古めかしい。
小説を書くシルビア ・・・ 小説家志望の客が女性の心中(といっていいのか。まあいっしょに互いの手を紐で結んで自殺したわけだ)記事をネタに小説を書けという宿題をもってくる。女性の心理がわからないというので、シルビアに相談したら、P助というプレイボーイを登場させることでよい解決と次の予約を得ることができた。
客をなくすシルビア ・・・ シルビアと友人に共通のなじみ客が殺され、部屋には四百万円の現金が散乱していた。彼は何をしていたのか。シルビアと友人の姫は刑事の話や接客時の様子を思い出して、被害者の秘密を推理する。事件が迷宮入りになりそうなので、刑事が客としてシルビアに会うのがおもしろい。
立ち聞きするシルビア ・・・ 店のナンバーワンが帰宅途中に殺されているのが見つかった。立ち聞き癖のある姫が殺された姫の客の会話を聞きとっていた。扉越しなのできれぎれにしかわからない。おおがかりな陰謀が準備されつつあるのを発見する。たがみよしひさ「Nervous Breakdown」の一編に、このアイデアを借りたのがあった。

 特殊浴場の従業員を探偵にするとき、どうやって事件に巻き込むかが難問になる。そう簡単にビルの中で事件を起こすわけにはいかない(そんな不安な店が高級店であるわけないし、客としていきたくないし)。その手を使ったのは一回だけで、あとは客の話、他の従業員に起こった事件ということになる。繁華街やビジネス街に事務所をもっていたり、探偵を主要な仕事にするわけにはいかないから、発端には苦労するよなあ。あと、この職業だと事件の現場を見学したり、誰かを尾行したりという行動をするわけにはいかない。物語は店内の個室か姫のマンションの一室に限られ、数名で事件のはなしをすることになる。これは「退職刑事」と同じ形式。ネタを思いついた時、どちらの探偵に事件を振りわけるか、そこも考えただろう。短編集2冊で終わったというのは、ここらへんの工夫が大変だったからではないかしら。「退職刑事」とシチュエーションが同じになるからね。事件を思い付いたら、どちらで書こうかと別の気苦労が起きていたのかもしれない。
 1984年初出で、このころになると作者は謎の不可解さや合理性のある解決よりも、探偵小説の中で風俗を書くこと(それは消えていくものを保存し、供養するための行為だ)を主題にするようになった。だから、ここでも事件とその解決よりも周辺事項(店の運営や姫の生態とか、吉原周辺の様子など)のほうがおもしろかった。もうしばらくは注釈抜きでも読者は理解できるだろうが、いずれ注釈がないと理解できない読者が生まれるのだろうね。