odd_hatchの読書ノート

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都筑道夫「退職刑事」(徳間文庫)

 元刑事の父親に現職刑事が手がけている事件の話をする。話を聞いているだけで、事件の奇妙なところや現職刑事の見落としているところを見つけて、事件を解決してしまう。この国では珍しい安楽椅子(いや安楽ざぶとん)探偵。
 1973年から雑誌連載が開始され、1975年に単行本にまとめられた。

「写真うつりのよい女」(1973) ・・・ 自宅のマンションで半裸の女性死体が見つかった。奇妙なことに男ものの下着を着ていたのだった。なぜ、こんな状態だったのか。写真うつり云々というのは、彼女は自分の男との性交をひそかに写真に写していたため。この行為と死体の不自然さが混然いったいとなって、論理的に解決される。

「妻妾同居」(1973) ・・・ 自宅である自称性豪の男が刺殺された。奇妙なことに、この男は妻と妾を同じ家に同居させていたのだった。二人にはアリバイがあるのだが。退職刑事はみかけと実体の裏腹さを推理する。

「狂い小町」(1973) ・・・ 中年夫婦にはキチガイの姉と正気の妹がいる。姉は顔中白塗りにして、街中を歩きまわるという奇行を繰り返していた。あるとき、姉が一軒家で下着姿で化粧を落とした姿で殺されたのがみつかる。退職刑事はみかけと実体の裏腹さを推理する。

「ジャケット背広スーツ」(1974) ・・・ 中年女性が熊手を持って殺されていた。第一容疑者は「その時刻にジャケットと背広の上を抱えてスーツを着た男と声を交わしている」とアリバイを主張する。退職刑事はこの言葉だけから論理的にまだ発見されていない事件を見出す。この謎ときはケメルマン「九マイルは遠すぎる」に匹敵する。同時に、熊手がダイイングメッセージであると看破し、ここから真犯人を推測する。ダイイングメッセージのほうはこの国の古い風習に習熟していないと解けないなあ。趣向が盛りだくさん。きちんと読まないと全体像は見えにくい。これだけ詰め込み、かつ合理的な謎解きをしているということで、これは本書の白眉。

「昨日の敵」(1974) ・・・ ある艶福家が、妻と離婚して、妾と所帯を持つことを計画していた。あるとき、艶福家は考えを変えて、弁護士と相談する。そのとき、艶福家が殺された。妻と妾は理想的な容疑者だが、それぞれがアリバイを持っている。どうやって? 妻や妾の小さい状況が語られ(妻は自分のブティックに優秀なデザイナーが入ってきたとか、妾は艶福家と一緒にスナックを作るつもりだった)、意外な犯行動機と方法がわかる。支離滅裂とおもわれる状況から、合理的な一連のプロットを見出す手際がみごと。

「理想的犯人像」(1974) ・・・ ある青年がアパートから30分ほど離れた知り合いの女性のところに夜這いをかけた。抵抗したので思わず首を絞めてしまう。翌朝、自首して現場に行くとアパートには死体はない。しかし、死体は別のところで見つかった。なぜ死体は移動した? 被害者は父や義理の母とそりがあわず同じ町で一人暮らし、というところから推理が始まる。

「壜づめの密室」(1975) ・・・ とある資産家が戦争中に命を救った恩人をつれてきて、離れに住まわせている。恩人の作ったボトルシップにあるとき、死体の人形が入っていた。殺人予告?と騒いでいるうちに、離れの恩人が絞め殺されて発見された。だれが、なぜ?退職刑事はボトルシップに人形を入れるのは簡単ではないというところから推理を働かせる。


 現職刑事と退職刑事の会話だけで話が進む。黒崎緑「しゃべくり探偵」が会話でミステリを語るというナラティブに驚愕したけど、その先例はセンセーが実践済でした。いやはやなんともすごいこと(まあ、黒岩涙香「無残」の忖度編も会話だけといえるのだが)。ミステリの「語り」による騙りというテーマは置いておくとして、どうもこの退職刑事シリーズと自分は馬が合わないらしい。会話だけ(ギャグもコントもないシリアスなもの)で事件を頭の中に再構成するのがむずかしいのでした。なにしろ会話だから必ずしもプロットとおりに説明は進まないし(時間を前後することはしょっちゅうだし)、現職刑事の思い込みが説明の中に含まれるし。たぶん「退職刑事」はミステリの形式を純粋化したものだとおもうけど、蒸留水はのみつけないとおいしいとかんじない。多少、不純物がはいったミネラルウォーターのほうがおいしいと感じる。

  


2013/07/18 都筑道夫「退職刑事2」(徳間文庫)
2013/07/17 都筑道夫「退職刑事3」(徳間文庫)
2013/07/16 都筑道夫「退職刑事健在なり」(徳間文庫)
2013/07/12 都筑道夫「退職刑事4」(徳間文庫)
2013/07/11 都筑道夫「退職刑事5」(徳間文庫)