odd_hatchの読書ノート

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志鳥栄八郎「人間フルトヴェングラー」(音楽之友社)

 フルトヴェングラーは死亡する直前に、コートを着ないで厳寒の散歩に出かけ、肺炎を患った。それは覚悟の自殺としての行為だ、という情報が流れた。この本によるとカール・べームがそれを口にしたらしい。そこでエリーザベト未亡人と知り合いになった著者がインタビューして、真相を確かめるという内容。
<参考エントリー>
エリーザベト・フルトヴェングラー「回想のフルトヴェングラー」(白水社)


 インタビューでカバーしているのは、エリーザベトさんの結婚した1943年以降で、それ以前は二次資料を使っている。なので、あまり迫真力がない。古くからのファンだと既に知っていることが書かれているとみるだろう。
 面白いのはやはり彼女のインタビューを取り上げたところ。エリーザベトさんの最初の夫は戦争で死亡。4人の子供を抱えていた。彼女とフルトヴェングラーをつないだのは、エリーザベトの姉マリア。当時フルトヴェングラーは58歳で最初の奥さんとは別居中。にもかかわらずフルトヴェングラーは艶聞の絶えない人で、マリアがその一人。マリアはフルトヴェングラーと結婚できる気でいたが、指揮者にはその気は全然ない。むしろ、指揮者をカリスマと見ないで自然体でふるまうエリーザベトに惚れたとのこと。結婚の相談をマリアにしたというから面白い。その結果、マリアとエリーザベトはフルトヴェングラーが死ぬまであうことがなかった(没後和解したとのこと)。さらに、エリーザベトと結婚するにあたり、ようやく最初の奥さんと離婚することができ、同時に多数の艶聞相手と手を切ったのだってさ。ここらへんの情報は、丸山真男あたりの書くような本には登場しないので、ちゃんと読んでおこう。
 あとは、1945年2月のベルリン脱出とか、1952年からの難聴あたりが熟読してよいところ。難聴の原因は肺炎のときに服用した抗生物質のせいだという(グレアム・グリーン「第三の男」でハリー・ライムが流通させた闇ペニシリンで脳疾患が生じたことを想起。この時代はまだ精製能力が低かったのだね)。かりに1954年の体調不良を克服したとしても、たぶん1955年のアメリカ演奏旅行で引退していたと思う。それぐらいに悪化が進んでいたようだ。なので、この人のステレオ録音は実現しなかっただろう、いくつかのifを重ねたとしても。

  

 今度はフルトヴェングラー指揮のへんなものを上げようか。
(1)ブランデンブルグ協奏曲第5番。指揮者がピアノを演奏。濃厚な表情つけ、遅いテンポ、リズム感の喪失、などなどロマン派で染められたバッハ。
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(2)チャイコフスキー交響曲第5番。たぶんこの曲の唯一の録音で、ローマRAIオケとのライブ演奏。終楽章のコーダ直前のゲネラルパウゼで聴衆が一斉に大拍手。そのために直後のトランペットがめろめろになってしまった。
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(3)ヴェルディオテロ」。晩年になってから取り入れたレパートリー。仕事一途で女心をしらない中年男の嫉妬とそれに付け込んだ不和の話も、彼の手にかかると神話的な悲劇になる。重くて暗くてうっとうしい演奏。
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 あとは、ベートーヴェン交響曲第5番1947年5月27日も。これは無理やりな選択。もちろん聞き手の心を揺さぶる大演奏だけど、このアゴーギグやテンポの揺れは一世一代の芸。
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 この指揮者にはあっていないと思われるラヴェル「ダフニスとクロエ」はおとなしい演奏だったと記憶する。つくづく「春の祭典」の録音がないことが残念(ドイツ初演を行った)。
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