odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ウィリアム・マッギヴァーン「ビッグ・ヒート」(創元推理文庫)

 原題を日本語訳すると「大いなる怒り」になる。1953年刊になる前にチャンドラーが「大いなる眠り」を出しているので、混同を避けたのだろう。1940−50年代は「big」が最大級の強調語だったのだ(のちには「great」「dynamites」などに変わる)。
 警官を主人公にしたエンターテイメント。友人が突然の自殺。それが腑に落ちない警官が独自に調査するが、上から捜査打ち切りを命じられる。一方、関係者があいついで事故にあい、彼の妻がテロにあって殺されてしまう。警官は「大いなる怒り」をもって、警官を辞職し、真相究明に乗り出していく。
 市政の黒幕にギャングがいて、それを市民の力で打倒する。まずこの設定は、ダシール・ハメット「ガラスの鍵」の直系にあたる作品ですな。ハメットの作は賭博師で、現代のカウボーイみたいな存在だけど、こちらの主人公は警官。なので、市政の利害はまさに自分に降りかかるわけで、正義と民主主義は同じところで考えなければならない。要するに、この警官には、都市を捨てるという選択は頭に浮かばない。
 1900年前後のニューヨークをモデルにしているだろう。詳細は羽仁五郎の「都市」(岩波新書)に詳しい(この著は栗本慎一郎に著者は何も書いていないというような批判を浴びせた。たしかに文章の5割が引用だが、1941年戦時中に書かれていることに注意するべきで、当時の検閲制度では引用もまた戦術であったことを考えなければならない。「都市」は発行を禁止され、刊行できたのは1949年だった)。ともあれ、主人公がスーパーマンにすぎ、彼の支援者がみな好意と力を持っていることが読書の問題になって、市政にからんだ大きな事件が4−5日で解決し悪役が一掃されてしまうのはどうか、と。たしかに主人公の正義は立派なものではあるにしても、民主制は一人の正義漢の勇気ある行為で守られるものではないだろう。現実の悪は簡単に打倒されるわけではないものだ。
 ただ、この小説の発行が1953年であることには注目しなければならず、この年はアメリカの「マッカーシーズム」の最盛期あるいは退潮に差し掛かったころのことで、何が「正義」であるかをまともにいえるような状況ではなかった。ある種、西部劇のような単純な構成の物語で、上のような問題を持っているにしても、正義と行動を賞賛するのは勇気のいることだったに違いない。またこの小説の日本紹介は1960年で、日米安保闘争があったことにも注意。1960年代はマッギヴァーンの社会派警官小説はよく読まれたようだ。80年代以降は読まれなくなる(今回読んだのは1994年リクエスト復刊)。正義とそのための行動規範がマッギヴァーン的ではなくなったからだ。

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