odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ジョナサン・ラティマー「モルグの女」(ハヤカワポケットミステリ)

「夜中の死体置場。卓上の寒暖計は既に91度に達している……。気狂いじみた暑さと死体の異臭に満ちたシカゴの死体置場には、安ホテルで自殺した若い女の死体が収容されていた。そして、この女の身許を確かめようと三人の男が押しかけていた。二人の新聞記者と、ニューヨークの私立探偵ウィリアム・クレイン。クレインは、大金持の未亡人エヴァリン・コートランドの依頼で、ニューヨークからこの死体置場にやってきたのである。エヴァリンの娘は二年前に家出したまま、その後行方を絶っていたのだ。しかし、クレインが死体の身許を確かめないうちに、死体置場は大混乱に陥ってしまった。死体置場の番人オーガスト・リープマンが絞殺された上、肝心の女の死体が盗まれてしまったのである!警察は直ちに事件の調査に乗り出し、容疑をクレインに向けた。クレインが依頼人に頼まれ、わざと死体を隠匿したというのである。今やクレインには、盗まれた死体を見つけ出す以外に警察の容疑を晴らす道はない。それにしても犯人は何のために死体を盗んだのか? そして死体の女は何者なのか? クレインは警察とは別個に死体の行方を突き止めようとした。が、彼の他にも死体を捜している者がいた!
アメリカ探偵小説界の大家ジョナサン・ラティマーが、ユーモラスな筆致で描く風俗小説の傑作!」
モルグの女 - ジョナサン・ラティマー(移転しました)


 戦後、江戸川乱歩が紹介したこともあって、一時期ラティーマーはよく読まれていたが、今ではほぼすべてが品切れ。これは残念なことで、たとえば「処刑6日前」はアイリッシュ「幻の女」よりも早く書かれたタイムリミットテーマの作品(デッドリミットサスペンスともいうんだって)で、一時期は子供向けにリライトされて出版されたことがある。
ジョナサン・ラティマー「処刑六日前」(創元推理文庫)
 さて、今回のテーマは「なぜ死体は盗まれたか」。しかもこの死体の身元は明らかにされていない。にもかかわらず死体を隠したい、見つけたい人が複数いて、それぞれが死体を追いかける競争を行う。江戸川乱歩が指摘するように、死体の処理は非常に難しい。それにもかかわらずなぜ死体を隠すのか、この理由を合理的に用意しておかなければならない。発端の謎としては魅力的。
 いったい、この作者はハメットの影響を受けたハードボイルドの作家ということになっている。そのような一面もある(ギャングの親分が登場するとか、探偵が地面に近いところで生きているとか、ある家族の不和が事件の遠因になっているとか)のだが、むしろここではヴァン・ダインかクイーンのような不可能犯罪や意外な犯人に挑んでいる姿勢のほうが強い。あいにくのことながら、プロットの構築力と合理性の徹底においては、これらの「本格派」までにいたらず、瑕疵は多い。
 にもかかわらず、面白く読めるのは、探偵のキャラクターにあるかな。クラインを中心とする探偵たち3人は、アボット-コステロよろしく掛け合い漫才をして憂さを晴らし、上司の悪口をいっては(このブラック大佐という探偵社のボスはそれこそ特撮ヒーローものの悪の組織の首謀者だ)酒を飲んでいる。いくらシカゴで気温35度の真夏日で低湿度だからアルコールが残らないとはいえ、飲み過ぎだろう。起きては酒を飲み、飯のたびに飲み、聞き込み先でウィスキーの小ボトルを取り出す。マティーニに、ジンをストレートで・・・いやはやなんともすさまじい自己破滅的な生き方。そんなことを微塵も感じさせないのは、彼らが喜劇の世界に生きているからだろう。

 1936年に書かれ、重要な背景にジャズの流行がある。シカゴは確かジャズの後進地域であったはずだが、ラジオで常に流れ、クラブやバーではジャズバンドが演奏していた。実在のメンバー、曲も登場。有名人はサッチモことルイ・アームストロングキャブ・キャロウェイは訳された1962年ころにはこの国では知られていなかったのか、「ミニー・ザ・ムーチャ」は「ふらつき者のミニー」になっていた。

Cab Calloway - Minnie the Moocher
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Blues Brothers - Minnie the Moocher (Cab Calloway)
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Betty Boop 1933 Cab Calloway "The Old Man Of the Mountain"
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※「ミニー・ザ・ムーチャ」はオープニングだけ。筒井康隆「ベティ・ブープ伝」(中公文庫)によると、「実はこれがおれの一番のお気に入りなのだ(P111)」。