odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジョナサン・ラティマー「処刑六日前」(創元推理文庫)

 ラティ―マーの長編第1作。冬のシカゴを探偵たちが歩き回り、ジン、マティーニ、バーボンを飲みまくる。一度は飲みすぎで倒れているというのに、まったくタフな連中だ。

 株式仲買人が死刑執行を待っている。別居して離婚する予定だった妻が、半年前のある深夜、銃殺された。発見は翌朝だったが、中から鍵がかかっている。友人やマンションの管理人らがドアをぶち破って発見したのだった。凶器の拳銃は夫の所持品。夫は死亡推定時刻の直前に妻を訪問していて、派手な大喧嘩をしていたことがわかっているし、本人も否定していない。そこで、夫が事件の犯人であることが確定したのだった。
 死刑が確定し、まさにサルトル「壁」のような実存の夜を過ごすうち、夫は2週間前に届いた事件の新証言をするという手紙を思い出す。そこに賭けてみるか、というわけでかれはニヒリズムから立ち直り、現実に対決することを決意する。そこで所長を買収し(オイオイ!)、弁護士と探偵を刑務所に呼ぶ。多額な報酬を彼らに提示して、事件の再調査を命じた。死刑執行まで残り6日間。弁護士と探偵の活躍は間に合うのか?
 1935年初出で、タイムリミットテーマの古典。のちのアイリッシュ「幻の女」1942年江戸川乱歩が熱烈に推奨したので名作リストの上位常連のうえ品切れになったことがないのに、こちらは忘れられ気味。とりあえず自分がもっているのは、1994年の復刻で、そのあと入手難が続いているみたい。そうなるのは内容からして仕方がなくて、へべれけの探偵が厳冬のシカゴをうろつき、行く先々で酒を飲んでは冗談を言い合う。定期的に夫ウェストランドの心配な心持ちが描写されるが、そのあとにはタフな探偵が美女を追いかけるシーンになるしなあ。時には派手な喧嘩騒ぎも起こす。捜査するのが職業探偵で、依頼人との関係がビジネスライクなぶん、タイムリミットの切迫感が薄れてしまった。
 さて、探偵たちが動き出すと奇妙なことが起こる。手紙を送ってきた証人はギャングによって探偵の目の前で射殺され、ウェストランドの共同経営者の一人はひき逃げにあって死亡する。ウェストランドの保持している株券、債券には盗難品が混入されいて、本人の知らないところで不正が行われていたらしい。そのうえ、彼が離婚してまで結婚を願う恋人の家では電話が盗聴されたあとがあり、線はなぜか浴室につながっている。クレーンたちは何者かに狙撃され、九死に一生を得る。
 このような事態において探偵クレーン(次作「モルグの女」にも登場)は、弁護士にも同僚探偵にも不可解な行動をとってばかり。さっさと聞き取りは終わりにして酒場に行くわ、タクシーを雇って何度も市内を往復させるわ、潜水夫を雇って零度くらいの川に潜らせるわ。まあそういうおかしな行動も、刑務所に関係者を集めて(これは珍しい)、「さてみなさん」のあとの謎解きで解明される。
 まあ、評価の低くなるのは、ハードボイルドには珍しい密室殺人事件がなんとも肩透かしになることかな。それ以外のところ、意外な犯人、意外な動機、凶器の隠し場所はリアリティと説得力のあるものだっただけにねえ。そういう点では、これは本格探偵小説の体裁も整っている。それだけに密室の謎解きが一行でおしまいなのが惜しい。もうひとつは、裁判に持ち込むなら、探偵たちがあとで調べたことくらいは警察は事前に調べておけよとおいちゃもんをつけたくなること。死刑執行のタイムリミットテーマの難しいのは、本職・プロの捜査をいい加減であったことにしないといけない。そこでリアリティが壊れてしまうのだよね。名作の少ない所以か。