odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ハドリー・チェイス「ある晴れた朝突然に」(創元推理文庫) 1950年代暴力描写を「快感」に感じる読者が生まれて、ハードコアなハードボイルドが書かれる。

 ジャン・ポール・ベルモンド主演の映画も作られているのだね。本書は現在(2008/06/30)、絶賛絶版中。まあ、仕方がない。簡単に梗概を書くことにしよう。
 引退した元ギャングのもとに、弁護士の自殺の連絡が入る。弁護士は元ギャングの資産管理をしていたが、不正に運用して破産したのだった。一文無しになった元ギャングは、一気に大金を手にする方法を考える。そうだ、同じ町にいる石油王の娘を誘拐して、身代金をとることにしよう。そこで今はすっかり意気の挫けた元の部下を呼び出し、彼の下の部屋に住む双子のチンピラを仲間に入れた。娘の誘拐は成功して、台本作者の別荘にかくれこむことができた。しかし、元ギャングもそのしけた部下も、FBIの監視下にあった・・・
 ハドリー・チェイスは邦訳タイトルの付け方がうまい、と思う。これも、「その男 危険につき」なんかも。訳者である田中こみさんの力量と、昭和30年代の日活・東映アクション映画のタイトルの影響でしょうね。
 内容は、というと、登場人物全員が共感を湧くことのできない・いやな・欠点をもった・人づきあいをしたいと思わないような人。したがって、全員が自滅しても、そりゃしかたないなあ、という感想。それからこの犯罪にかかわることになった舞台脚本家の心理は、深いところまで考え抜かれているかなあ。家族愛に燃えて、犯罪の片棒を担ぐのも、そう単純な理解でいいのかしら。
 もうひとつ。それまでのミステリ(探偵小説)が暴力描写を控えていたのに、ハドリー・チェイスは詳しく書く。殴られ、血を流し、痛みを感じ、感情の爆発や意気消沈が細かに描かれる。こういう暴力描写を「快感」に感じる読者が生まれてきて、チェイスやスピレーンなんかから始まるハードコアなハードボイルドの潮流ができたのかな。
 山田宏一「美女と犯罪」を読むと、1950年代にハドリー・チェイス原作の暗黒映画がたくさん作られたのだとか。あまりたいしたものはなかったけど、のちのヌーヴェル・バーグに影響を与えたとか、ジャズと犯罪というのがこの時代のフランス映画のテーマだったとか、そういうよもやま話が面白く、そこにハドリー・チェイスがいるのも面白かった