odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

宮部みゆき「龍は眠る」(新潮文庫) 未成年の探偵は犯罪捜査にかかわってよいのか

 もしも江戸川コナン金田一一のような未成年が犯罪捜査にしゃしゃりでて、いろいろとでしゃばってきたら? 勝手に動いて捜査をかく乱するのに、説明はろくすっぽせず、説教するとふてくされていなくなってしまう。ときどき鋭いことを指摘するのは波乱が起きた後や、捜査陣が気落ちしているときだけ。「犯人」を追い詰めたと思ったら、先回りして犯人と何か取引をしている。そういうやっかいな子供がいて、「大人」や組織を混乱させたら、大人や組織はどうするか? 彼の主張を全面的に聞いて彼に主導権を与えるのか、それとも排除するのか。上にあるようなジュブナイルの未成年探偵の物語を大人や組織の側から書いたのが、この小説なのだろう。

嵐の晩だった。雑誌記者の高坂昭吾は、車で東京に向かう道すがら、道端で自転車をパンクさせ、立ち往生していた少年を拾った。何となく不思議なところがあるその少年、稲村慎司は言った。「僕は超常能力者なんだ」。その言葉を証明するかのように、二人が走行中に遭遇した死亡事故の真相を語り始めた。それが全ての始まりだったのだ……宮部みゆきのブロックバスター待望の文庫化。
https://www.shinchosha.co.jp/book/136914/

 この出会いで少年は「超能力」をあきらかにし、迷宮入りしそうな事件を解決する。でも犯人との取引に失敗し、少年は落ち込む。以後いろいろあって、語り手の雑誌記者に脅迫状が届き始める。そして数年前に別れた婚約者(現在は別の男と結婚)を狙うと予告された。過去数年の自分の交情を思いだしても、まったく身に覚えがない。そんなことをいっているうちに、妊娠中の元婚約者が誘拐され、夫からなじられ、秘書が色目を使い、警察に拘束されて犯人とのネゴシエーターになる。犯人に振り回されてへとへとなところに超能力者の少年の声が聞こえる・・・。

 この小説は思念送波やテレコキネシスなどの超能力が存在する世界なので、ラストのチェイス・アンド・アドヴェンチャーで「シャイニング@S.キング」もあってよいことになるのだ。実際、自分の知り合いにも少年と同じように「見える」人がいて、彼らは生身の人間の思念には無縁であるが、死者の残留思念を見ることができる(という)。その能力は不意に現れるのであるが、大人は彼らの能力を指導し、スイッチを入れたり切ったりできるようになる修業を行わないといけないらしい。それを思うと、少年はまだ修業中であるので、他人の不吉や不運にかかわらせてはいけないのではないか。捜査に同行させてはいけないのではないか。超能力を信じる信じない以前に心身が不安定な未成年を大人は保護するように、努力したほうがよい。そういうことを思っていたので、この小説には全く乗ることができず、もの凄い勢いでページをめくりました。

<超能力者の不幸>

odd-hatch.hatenablog.jp

 

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 このような超能力者問題は小説のレッドへリングもしくはマクガフィンであって、実は誘拐ミステリーの王道から目をそらすものであった。そういえば、本書のでた同時代(1992年)には誘拐ミステリーがいくつか出ていたなあ、携帯電話やSNSのない時代では誘拐は探偵小説の良い題材だったなあと懐かしく思いだす。
2019/06/24 法月綸太郎「頼子のために」(講談社) 1990年
2019/06/21 法月綸太郎「一の悲劇」(祥伝社) 1991年
 未読だが、岡島二人「99%の誘拐」1986年もあった。