odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フォルケル「バッハの生涯と芸術」(岩波文庫)

 ヨハン・セバスチャンが生まれたのは1685年。1750年に死去。作者のフォルケルは1749年に生まれた。なので、直接会ったことはないのだが、ヨハンの息子のヴィルヘルム・フリーデマンやカール・フィリップ・エマヌエルらと親交があった。フォルケルからみると、音楽の最高峰はヨハン・セバスチャンのそれであるが、当時にはまるで忘れられていたし、流行の音楽(ハイドンモーツァルトら)は彼の趣味に合わなかった。ここらをもう少し展開すると、バッハからモーツァルトの間の変化は、ポリフォニーからモノフォニーに、対位法からソナタに、数学的な構築から感情のほとばしりになり、オケの編成が大きくなり、楽器が改良され(バッハ時代の楽器でこのころには使われなくなったものがある)、音楽を聴く場所が教会や宮廷から劇場やサロンに変わっていき、音楽のパトロンが教会や貴族からブルジョアや官僚、知的職業者(医師、弁護士など)に変わっていった。そこには産業革命や民族国家の成立の反映を見たりすることも可能。この本が書かれたのは1802年。このような変化のさなかにあって、フォルケルはあえてアナクロを選んだ、ということになる。

バッハ一族/バッハの生涯 ・・・ 系譜と本人の生涯の素描。

クラヴィーア奏者としてのバッハ/オルガン奏者としてのバッハ ・・・ 書かれた時代にはバッハの演奏を覚えている人もいて、その証言で再構成。クラヴィーアとオルガンの奏法が詳しく書かれているが、これは現在の演奏法とどのくらい異なるのかしら。この本の技術でバッハを演奏するとどうなるのかしら。

作曲家としてのバッハ(1)/作曲家としてのバッハ(2) ・・・ 複数の旋律が同時進行する対位法、和声のルールを破る斬新で新しい和声、多様な舞曲のリズム、転調の自然さと豊かさ、統一と多様性、自由と軽快と流動。それらの最高の作品としてのフーガ。ここで取り上げられているのはクラヴィーアとオルガン作品。声楽曲にはほんのちょっと触れているだけ。

教師としてのバッハ ・・・ 作曲家の評伝で教育者としての側面を書くことは珍しい(19世紀以降の学校教師でない場合)。たくさんの弟子が紹介されている。自分が聞いたことのあるのはフォーグラーだけ。

バッハの性格 ・・・ 謙虚と勤勉。音楽家との交わり(ゼレンカテレマン、ベンダ、カルダーラらと交友があったとの由。以上の人の作品はNAXOSなどで聴ける)。

バッハの作品 ・・・ この時代に出版されていた作品(主にクラヴィーア曲とオルガン曲)と著者が確認した自筆作品。主要作品はほぼ網羅。この時代、すでにブライトコップフ社は楽譜印刷を始めていたのだ(現在も存続)。

推敲するバッハ ・・・ 転用もたくさんしたが、推敲の結果、たくさんの異稿が生まれた。

バッハの精神 ・・・ 最大の天分と不退転の研究(P199)があのような偉大な作品を作った。そのとき、聴衆の喝采を目的にしないで、自己の精神に忠実であった。簡単な作品の要求であっても、作品に内在する<自然>の要求によって作品は偉大で巨大なものになる。


 1802年という時代は、音楽においてはイタリア趣味がはやり、政治においてはフランス革命とナポレオンが脅威であった。地方の豪族や族が乱立して統一国家を持たない「ドイツ」はそのような外部の力に脅かされる。ヘーゲルシェリングを上げるように、この時代、フランスとロシアという強大国家に挟まれることにより、民族国家が要求されている。この本もそういう文脈で見るとよい。最終ページで、これまでヨハン・セバスチャン個人をずっと語ってきた末に、

「最大の音楽詩人であり最大の音楽朗唱者たる彼(バッハ)はドイツ人であった。祖国よ、彼を誇るがよい(P199)」

と唐突に「ドイツ」が現れるのはそれが理由。このような心象の持ち主は同時代にドイツ精神の象徴を見出さず、過去を探索する。そのときにバッハが選ばれているわけだ。この数十年後には、フォルケルの同時代人であるゲーテベートーヴェンが「ドイツ精神」の象徴として立ち現れることになるのと同じように。まあ、フォルケルの著書はグリム兄弟の民話収集とおなじような、ネーションの発見である、とみる。
 あとは、ここに「天才」概念が生まれていることに注意。のちに天才はスポーツでも政治でも科学でも広範囲に使われるようになったけど、ここでは芸術において。創作のミューズが舞い降りる特別な天分と、超人的な努力を持つあたりの概念なのだろうなあ。そのような概念が生まれるのは、芸術で生計を立てることができることと表裏一体のことなのではないか、と思う。この本には「天才」の言葉はあっても、その内実はさほどないので、深く考えるのはやめておく。

2012/01/03 レオポルド・ランケ「世界史概観」(岩波文庫)