odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫) 不毛な土地に押し込められたメリザンドは気軽に指輪を外し、他人との固定された関係を結ばない。

 狩の途中、道に迷った王ゴローは泉のそばで泣いている美少女をみつけ、城に連れて帰る。ゴローは連れ帰ったメリザンドと名乗る少女と結婚し、古くから伝わる指輪を与える。ゴローには先に妻を亡くしていてイニョルドという子供がひとり。年の離れた弟ペレアスがいる。さて、ペレアスはいとこの容体が悪いことに気がかりで沈んでいたが、同じく憂鬱の病にあるメリザンドといつしか語り合うようになる。とはいえ、ゴローの目は厳しく、二人は王に遠慮して、手を取り合うことすらしない。そのようなひそやかな恋であっても、見える人には見えるのであり、ゴローはペレアスへの嫉妬を増やしていく。いとこの死が訪れたのち、ペレアスは旅に出ることを父であり、先王のアルケルに希うが、許されないまま城に蟄居することになる。メリザンドが子をはらみ、ますます透明になっていくようにみえる夜、最後の夜の語らいをペレアスと過ごすために、城の庭に忍び込む。

 「青い鳥」で知られるメーテルランクの1893年初演の戯曲。初演のメリザンドは名女優サラ・ベルナールだったそうな。その上演以来、多くの音楽家がこの物語に魅了された。シェーンベルクフォーレシベリウスの作品が有名だが、もっともすぐれているのはドビュッシーのオペラだろう。デジレ=エミール・アンゲルブレシュトの1962年上演の録音を聴きながら、この戯曲を読む。脱線すると、このオペラの録音はいくつか聞いてきたが、アンゲルブレシュトのがもっとも目覚ましく、美しい。まずはジャック・ジャンセン(ペレアス)とミシュリーヌ・グランシェ(メリザンド)の声。そしてオケの表現力。第4幕第4場のラスト4分間のなんと陶酔的で雄弁で迫力に満ちていること!それを統括するアンゲルブレシュトの指揮。素晴らしい。これに比べると、カラヤンは重過ぎ、アバドデュトワは劇がなく、ジャン=クロード・カザドシュのNAXOS盤は気忙しい。

    

 閑話休題。この物語の詳細分析は、ジャンケレヴィッチ「ドビュッシー」を読むのがよい。ドビュッシーの音楽ともども、一読、一聴では気付かない細部に秘められたことを見つけるだろう。その影響下でいくつか気の付いたところ。
・ここには、生命力にあふれた人物はどこにもいない。アルケルは病身、その妻ジュヌヴィエーヴは40年も城にこもり、ゴローは鬢に白いものが目立ち(それに、たぶん不能)、ぺレアスも神経質で内にこもるタイプ。メリザンドは登場したときから死を願っているのだし。物語を推進する英雄、力を放出せずいられないトリックスター、豊饒さを保証する地母神、などがいない。
・それはたぶんこの土地の不毛さにあるのだろう。長年の飢餓が続き、城主は手の打ちようがない。城は森に閉ざされつつあり、地下の海底に続く洞窟は異臭が漂う。力を失せている場所に影響されているのか、人々までが力を持たない。人々は土地を捨てて乞食になる(海底の洞窟、城門前などに乞食が集まる)。
・土地の不毛さ、人々の亡びは隠されていたが、メリザンドが城に来ることによってあらわにされ、加速される。冒頭の侍女たちのうわさからして、来るべき悲運を予感させるではないか。水、泉、井戸、海に続く洞窟など水の象徴がいたるところにあり、それはペレアスとメリザンドの関係を無に帰すために彼らの先回りをする。死が彼らを訪れるきっかけは、ゴローとかわした指輪をメリザンドが泉に落とすところからか。指輪は人と人の関係を規定し、固定するものだとすると、メリザンドは気軽に指輪を外し、無邪気に遊具としてもてあそぶのは、彼女が人との固定された関係を結ばない/結べないことの現れといえる。
ペレアスとメリザンドは、触れたい/離れたいの欲望に引き裂かれている。どちらも実現したいのに、実現することが不可能であるから、彼らの内心も分裂せざるを得ない。それを統一して、新たな関係を結ぶための力が欠けている。ここには「トリスタンとイゾルデ」や「ジークフリートブリュンヒルデ」のような媚薬も、剣も、ないのだし。
・分裂しているのはゴローもそう(懐妊/不能)、イニョルドもそう(会いたい/会えない)。アルケルとジュヌヴィエーヴの知恵は現実認識を正しくしない(アルケルが盲目気味の老眼になっていることに注意)。もやもやした感情と憶測のうちに、内にこもる情念がこもっていく。そうなるのは、彼らは内面を声に出さない/出せないから。他人の心情、感情、意図を推測するが確かめない。でも爆発しないまま、内にこもり腐敗していく。まあ、メリザンドは内面も内心も持たないからなあ。彼女は空っぽで、ペレアスやゴローの感情を鏡のように反射するだけ。鏡に問いかけても、期待する返事は返ってこない。
・さまざまな小道具が登場する。メリザンドを連れてきた船、指輪、海底の洞窟、乞食、羊などなど。それらはペレアスとメリザンド、ゴローの未来を予見する。あるいは彼らに起きることを先取りする。そういう予言がここかしこにあるのに、この3人は読むことができない。アルケルはそのような予兆を認識できない。
・結果、だれもが死ぬ。その死には何事かの意味づけをできない。愛の至上性を謳歌できず、民族の豊饒さを到来することもできず、現世の穢れを引き受けて彼方に廃棄する役目も負えず、観念の正当性を示すこともできず。たんに死ぬ。それだけのこと。読者はその「無意味」さに戦慄する。