odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

横溝正史「山名耕作の不思議な生活」(角川文庫)

 作家が新青年編集長時代(1927-1932)に書いた短編を収録。ずっと絶版だったが(入手に苦労した)、Kindle版が廉価で販売されるようになった。まずはそのことを言祝ぎたい。
 なお所収のうち、「犯罪を猟る男」「あ・てる・てえる・ふいるむ」「角男」は乱歩作として発表されたが、のちに乱歩が横溝正史作であると発表し、自作品から外した(江戸川乱歩「作品返上」@うつし世は夢 講談社文庫)。

山名耕作の不思議な生活 1927.01 ・・・ 新聞社で月給70円の山名耕作には、守銭奴と金持ちのふたつのうわさがある。彼の汚い部屋には、女文字の手紙が届いていた。昭和の不況で「大学は出たけれど@小津安二郎」仕事がない時代の皮肉なおとぎ話。

鈴木と河越の話 1927.01 ・・・ 女学校の教師が変名で小説を発表したら、そちらが有名になる。教師の部屋には変名の男が住むようになって、じゃまにされて。小説を書くことが大変な悪徳であった時代の奇妙な味の怪奇譚。

ネクタイ綺譚 1927.04 ・・・ トンボ型ネクタイを買うと五千円(2014年だと5千万円くらいか)の賞金と新人女優との接吻の権利をもらえる。さて、その新人女優と同棲している内気な男から、懸賞にあたったが、俺の代わりに接吻してくれないかと依頼される。強烈なオチ。当時の奇抜な宣伝や広告は、天野祐吉嘘八百」文春文庫、荒俣宏「広告図像の伝説」平凡社が参考になる。

夫婦書簡文 1927.08 ・・・ 引き篭もりで意気地なしの夫と勝ち気で流行作家の妻。互いに意地を張るので本心は手紙のやり取りで。それを妻が小説にした。こういうハートウォーミングなおちもいいねえ。

あ・てる・てえる・ふいるむ 1928.01 ・・・ 前の細君をなくした男と結婚した折枝。いっしょに活動を見に行った時から、夫の様子が変わった。陰鬱に、無口になり、不意に旅に出かけた。映画が犯意を起こすというのは、ルブラン「映画の啓示」谷崎潤一郎「白昼鬼語」などに共通。まだ、無声映画の時代だ。

角男 1928.03 ・・・ 中国貴族の末裔と称する男とその連れ2人が大阪のホテルで5日間で1万5千円を使うという放蕩をした。その直後に失踪。その奇妙な結末は。「山名耕作の不思議な生活」と同じ欲望。こちらは実現した側。

川越雄作の不思議な旅館 1929.02 ・・・ 翻訳家兼作家の山名耕市のところに、古い友人・川越雄作から「夢を実現した」から楽しみに来いと手紙が来る。この小説発表の8年前というと浅草全盛期だね(浅草オペラが人気。1923年の関東大震災で壊滅)。あと、乱歩の夢の館「パノラマ島綺譚」と比べてもよい。良くも悪しくも横溝正史は健全な趣味の持ち主。

双生児 1929.02 ・・・ 19歳まで別々に育てられた双子は、会った時から憎悪と競争の塊になった。その片方と結婚した「私」はもう一人に付け狙われているという恐怖に取りつかれる。「鬼火」を女の側から書いた前駆作。主題は兄弟の憎悪ではなく、女の偏執狂。乱歩に同タイトルがあるので、二人の双子感や一人二役トリックに思いをはせること。あと「陰獣」にも。

片腕 1930.02 ・・・ 二重生活をしていた子爵の息子が、偽りの生活を終わりにするために、内縁の妻を殺す。轢死で不審に思う者はいなかったが、ある男が証拠を握っていた。事件関係者4人の独白で全体が構成。

ある女装冒険者の話 1930.11 ・・・ 高等遊民が変装して場末の歓楽街を遊んでいたら、知り合いの男によく似た女に会った。まあ、人の隠したがる秘密はそのまま触れずにおくのがいいよね、という教訓をもっている、かな。ところで英国では女装は紳士の嗜みですキリッ

秋の挿話 1930.12 ・・・ 偽名で歯医者に行き、治療が終わったら、なぜか新聞広告で偽名を探している広告が載っていた。

二人の未亡人 1931.01 ・・・ 常習的犯罪者が詩文を発表したらマスコミ、大衆の人気を得た。とうとう殺人を犯したとき、14歳の遺児(死刑判決ができることを期待して)の面倒をみようと、閨秀作家と美貌の歌手が親権争いをする。それに熱狂するマスコミと大衆。痛烈な皮肉。

カリオストロ夫人 1931.05 ・・・ カリオストロ夫人と称せられる年齢不詳の美女・志摩夫人。画家・城は彼女の魅力から逃れることを決意して、別の女に走った。彼女の整体が志摩夫人の主治医と聞いて嫌な予感がしたが。ルブラン「カリオストロ伯爵夫人」黒岩涙香「幽霊塔」アマルガム

丹夫人の化粧台 1931.11 ・・・ 丹夫人への求愛をかけて決闘。死んだほうが「丹夫人の化粧台に気をつけろ」と言い残す。ますます丹夫人の魅力に取りつかれるのだが、夫人は化粧台のことに触れられるのを嫌がる。のちの「夜光虫」や「仮面劇場」のモチーフの先取り。


 前半の作がおもしろい。オチにかけた掌編ばかりだけど、そのオチが同時代の作家よりもずっとモダンで、若々しい。これは当時の作家の中ではとりたて若いのが理由なのだろうなあ。天性のストーリーテラーで、アイデアがどんどん湧いてくるのだね。
 ここではナラティブの実験も。男性の一人称の内話、告白、おしゃべり。おなじことを女性視点でも。もちろん三人称の客観的な報告もあり、普通の小説の文体も。これが戦後の長編に生かされているのだろう。「本陣殺人事件」「八つ墓村」「三つ首塔」「獄門島」「蝶々殺人事件」など、それぞれナラティブが違っているもの。語り口の違いが長編の違いになっているものなあ。クイーンやヴァン=ダイン、あるいはチャンドラーはそれほどナラティブの多様性はなくて、どれも似たような文体で書かれているのと好対照。
 さてこちらでは苦言を呈するか。あとになるほど小説が荒れてきて、構成にも文体にも精彩を欠くようになる。まあ、書き飛ばしのようになっているのだな。このあとの「夜光虫」や「仮面劇場」、「花髑髏」あたりには相当に荒っぽい小説がある。ここらの小説を書いた後に独立して、筆で生活を立てるようになり、たくさん書くことになるから、粗製乱造になってしまったのだろう。もしも、このような小説作法のままであれば、埋もれてしまったのではないかしら。
 最後の作の数年後(1934年)に結核で喀血し、一年の療養生活をしたというのは大きな転機であった。そのあとの小説が、もっと稠密な文章としっかりした構成で書かれるようになり、人物へのまなざしも深くなったからね。そのかわりにここにあるような若者の才気は消えてしまったのだが、それもまた小説家の成熟になるのだろう。