odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

池井戸潤「銀行総務特命」(講談社文庫) 銀行の破綻や不祥事が続発していた時代に書かれた,銀行が自浄作用を持つというファンタジー。

 都市銀行でも有数の大手である帝都銀行には、総務部企画Gの特命担当という組織がある。彼らのもとには行内の不祥事を処理する依頼がやってくる。どの部署に行っても嫌われる特命課・指宿修平調査役が巨大銀行の闇と対決する!! こんなあおりでいいかな。テレビドラマになったそうだが、みていないので、ドラマの中身と一致しているかはわからない。


漏洩 ・・・ 帝都銀行に名簿を買わないかと匿名の電話が入る。サンプルは門外不出であるべき決算書と格付けリスト。決算書の取引先から匿名の相手を絞り込み、同時に内部の流出元を探る。バブル時代の無審査に近い過剰融資と、その後の不況による貸しはがし
煉瓦のよう ・・・ 建設会社が民事再生をすることになった。銀行には損害は出なかったが、子会社で200億円の損失の可能性がある。その融資は迂回されて建設会社の社長の個人経営会社に流れていた。その不正には、銀行内部の人間がかかわっている。副頭取直属の指示があると、他人の個人口座情報を見ることができるのだね、まああたりまえか。
官能銀行 ・・・ 帝都銀行の女性社員がAVに登場すると週刊誌に載った(当時はVHSだったのだね)。該当しそうな社員だけで1000人はいる。どうやってみつけるか。退職予定者のリストを調べる最中、密告の手紙が届いた。続けてもう一通。総務部と人事部の確執もあって、ぎすぎすした職場だこと。
灰の数だけ ・・・ ある支店長の妻と娘が誘拐された。支店長は下町の中小企業の債権回収でのしてきた男。恨みを買ったのはそれが原因と思われるが、多すぎて絞り切れない。身代金は奪取され、犯人は行方不明に。手がかりは、燃え残った決算書類の一部。そこの書かれた文字から企業をプロファイリングする。なるほど、社名を伏せても決算書から業種をある程度絞り込み、場合によっては企業名を当てることができる。MBAの試験だったか、銀行の入社試験だったか、企業診断士の試験だったかにそんな問題があったな。おいらはそこまでの修練はしていないのでできません。
ストーカー ・・・ 融資担当のエリート女性社員がストーキングの被害を受けていると総務部に相談があった。無言電話、追跡のほか、家宅侵入もされている。社内から一人の容疑者が浮かんだが、そいつは家宅侵入はしていないという。とすると、女性社員の仕事の中身を狙った犯行なのか。待ち伏せの先に見つけたのは、銀行内部の腐敗の構造。
特命対特命 ・・・ 証券部の敏腕ディーラーが巨額の損失を出した。総務部特命の報告に対し、人事部は異議を唱える。損失は総務部特命の調査が入ってからで、特命に責任がある。人事部は総務部特命をつぶすために、内部の問題を利用するつもりらしい。再調査をするものの、人事部の調査結果を覆す証拠は見つからない。査問委員会の日まであと1週間たらず。
遅延稟議 ・・・ ある支店の支店長が就任からしばらくして、路上で襲われた。命はとりとめたものの重傷。支店長はいずれも別の支店で融資を担当しそこで実績を認められて栄転した。彼らを襲う理由はなにか。この事件といっしょに、ある会社への融資稟議がなかなか可決されない状況が書かれる。重圧に押しつぶされそうになる課長の孤独と過労。
ペイオフの罠 ・・・ 老女の家をある銀行員が頻繁に通う。彼は高額金融商品を売るわけでもなく、茶を飲んでいるだけだったが、一度だけ定期預金を自分の銀行に移し替えることを提案した。その直後、銀行は倒産し、折から施行されたばかりのペイオフで3千万円の預金のうち老女に返るのは数十万円だけだった。過去、老女に損を負わせたことのある特命課の社員はその話を聞く。


 解説によると作者は銀行で数年間仕事をしていたそうだ。なるほど、ホームグラウンドを書いたわけで、銀行の組織と業務の描写は緻密で正確。書かれたのは2001年ころで、小説中にもあるようにITバブルがあり(実際、IT関連というだけで店頭公開時の株価は高くなったものだ)、90年代後半の銀行の不祥事が相次いだ。ここにもあるような貸しはがしに、放漫な融資、ディーラーの巨大損失、資金不足になった銀行への公金注入、都市銀行の破たん、ペイオフなどなど。当時の読者にはこれらの実際の事件が生々しい記憶となっていたので、小説にリアリティを感じていただろう。このころは銀行と大蔵省(当時の呼称)をマスコミはこぞって叩いていたからなあ。
 まあ、銀行の不良債権もとりあえず解決したようだし、注入した公金は返却されたようだし、銀行と証券会社はコンプライアンスをしっかりすることが義務つけられたし、と銀行を巡る状況は大きく変わった。その視点で見ると、ここの事件につっこみをいれるよりも、設定の大きなウソのほうが気になるよね。特命課のような社内調査機関は総務部とか人事部という既存組織には組み込まないで担当取締役(銀行だと頭取か)が直轄する委員会になるだろう。そうしないと既存組織の利害で自由で中立な調査はできないし。事件ないし不祥事を一人で担当するというのもおかしな話で、それだと個人の思い込みや偏見で事件がゆがめられる恐れや隠滅の可能性もある。必ず複数メンバーによる相互チェックの機能を持たせるだろう。そのうえ、この小説みたいに支店長や部長クラスが横領や背任を頻発し、一社員が規則を超えたディーリングをするのをチェックできないというのも(バブルの時代にすでに発生していたから、2000年前後には社会監査体制はできていたはず)。特命課をつくるどころか、大蔵省ほかの監査がはいってもおかしくない。そういうウソがあまりに大きすぎるので、個々の事件のリアリティや細部のおかしさには目をつぶってしまえる。

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 ああ、銀行の業務と機能を知るのに、堀内昭義「金融システムの未来」(岩波新書)岩田規久男 「金融入門」(岩波新書)あたりを読んでおくとよい。1990年代の銀行不祥事は日本経済新聞社編「金融迷走の10年」(日経ビジネス文庫)あたりが参考になった。ここらをあらかじめ読んでからこの小説を読むほうが、もっと面白がれると思う。