全国に支店を構える都市銀行・東京第一銀行の事務部には臨店チームという組織がある。これだけ支店が多いと同じシステムを使っていても支店ごとに業務の仕方が異なるので指導教育を担当したり、人事リソースの不足した支店に応援に出かけたり、不祥事やミスの起きた支店にいき原因解明と改善提案を行う。そういう臨機応変な仕事をするのだが、支店からすると自分らの仕事にケチをつけられるようで気に入らないし、営業からすると融通が利かなくなったりするのであからさまに敵対的になる。とりわけ現在最年少の執行役員になっている真藤部長は自分の派閥の支店で不祥事が露見されるものだから、彼らをどうにかして解散してやりたい。
そういう行内の不安感をよそに、臨店チームの相馬健と花咲舞は今日も支店めぐりをするのである。彼らは銀行のシステムの問題が見えると同時に、行員たちのさまざまな心情も忖度しながら、「銀行」の正義を貫こうとするのである。
激戦区 ・・・ 自由が丘支店は立地はよいが成績がよくない。そのうえ、過払いの不祥事を起こし裁判が起きている。過払い事故の理由は、ベテラン行員のミスにあるようだが、彼女自身の仕事ぶりは完璧でミスを起こすようではない。そのうえ、支店ではコスト削減を名目にベテラン女子行員が続けざまに辞めている。新任支店長が来てからの出来事。
三番窓口 ・・・ 神戸支店で過払い事故が起きた。新人行員のミスが原因。臨店チームの調査役が代行すると、口座番号のない振込み依頼を支店長が命じる。似た会社名で入れ子になってしまった。いっぽう、美人局にひっかかったサラリーマンが銀行窓口で詐欺を働こうと計画する。新人行員の窓口で行うはずのところに、調査役が座っていた。支店長と顧客の怒声が臨店チームに集中する。
腐魚 ・・・ 新宿支店の事務臨店に行くと、融資課に不良社員がいる。古い中小企業の取引先融資を鼻先で断り、稟議を止め、決済日の当日不渡りになる直前になっても連絡がつかない。こいつは大百貨店の御曹司。調査役の啖呵よりも、支店長の心意気のほうが胸に迫るのだが。まあ、ああやってしまうと出世はおろか、刑事事件にもなりかねないが。そこまで覚悟したうえでの行動かな(と心配したが、次の短編でおとがめなしであることがわかる、よかったね)
主任検査官 ・・・ 武蔵小杉という小規模店舗に金融庁の検査が入った。どうやら融資課の業務で密告があったらしい。銀行の社外に出ては困る書類が発見されては銀行の各付けが下がり、金融庁の直轄で仕事をすることになる。支店の雰囲気はよく、モチベーションも高い。いったい誰が密告したか。そのうえ、金融庁の検査官が実に横暴でいやなやつ。
荒磯の子 ・・・ 今までの事件で問題を起こした店舗の責任者は臨店チームの所属する人事部とは別の派閥。腹いせにチームを蒲田支店に送り込む。激務のさなか、愛想のよい中小企業社長が口座開設に訪れる。彼の話にはどことなく信じられないところがある。支店長の口座開設稟議を開設見送りにして、大目玉を食らう。
過払い ・・・ 原宿支店に臨店にいくと繁忙期。閉店後の残高合わせで現金100万円の過払いが発見された。ベテラン行員が複数チェックを無視して、100万円単位の過払いを行ったのだ。ビデオからある会社の社長での窓口払いで誤りがあったと思われたが、社長はがんとして否定する。監視やチェックがあるなか、どのように過払いは行われたのか。
彼岸花 ・・・ この連作短編集でひとえに悪役を買っている真藤部長の前日譚。ある日、彼岸花が部長あてに送られる。不機嫌になった部長は捨ててしまえと命じたが、部下の児玉は気になって調べる。送り手は、過去真藤のライバルで、いじめにあった行員だった。その後エリートコースを離れ、不慣れな仕事で神経を病み、自殺していた。
不祥事 ・・・ 重要な取引先である大百貨店(腐魚で登場)の給与支払いデータを入れたMOデータが紛失した(2007年にそんなやり方でデータ受け渡しをしていたんだ、そうだったっけ?)。社内で紛失したのは明らかだが、どこからも出てこない。調査委員会で臨店チームは内部犯行による盗難を唱えた。主要キャラクターが応接室に勢揃いしたうえ、大岡裁きのような名場面で幕切れ。まあ、続きはありそうだな。
行く先々の支店で不祥事、事故、ミス、犯罪が起きる。それらを支店のトップクラスは認識していないし、露見を恐れて隠蔽しようとする。一方、窓口業務担当者(テラーというんだそうだ)には、問題の責任が押し付けられ、人知れず泣いたり恨みを抱いたりしている。上司に相談してもけんもほろろの扱いになるから泣き寝入りするしかない。そこに臨店チームは派閥や利害関係に考慮することなく、「正義」をまっとうし、小悪を退治するのである。
なるほど、これは銀行を舞台にした「水戸黄門」だな。まあ、菊のご紋をかざすと小悪の連中が平伏する時代ではないので、彼らが使うのは理性に科学にディベート能力あたり。そこにおいてエリートコースを登ることは意識せず、一匹狼として組織を無視する生き方をするヒロインが痛快な啖呵を切って張り手を繰り出すものだから、大衆である読者やテラーたちからはやんやのかっさいを浴びることになる。そういう1950年代にたくさんあった時代劇や講談のフォーマットを少し新しくした物語。花咲舞の啖呵や張り手は、むかし、美空ひばりや藤純子らがスクリーンでみせたものとおなじだよね。彼女らの孫娘が花咲舞というわけだ。
(一応いっておくと、花咲舞の啖呵や張り手は、ベテランテラーでもかなわないほどのずば抜けた事務処理能力の裏打ちがあってのことであることに注意。業務の遂行能力で他人が批判できないほどの能力を見せつけているから、啖呵も張り手も説得力を持つのだ。口先だけ、態度だけ、推理能力・プレゼン能力だけではない。そのうえ業務時間が終わった後の「私」の時間を悪の摘出につかう。少なくとも臨店している間は、24時間が仕事。こういう働き手だ。花咲舞にかっさいをおくる読者や視聴者は彼女みたいに仕事人間になるのかしら)。
というわけで、リアリティがあるかどうかは無視しておき(これだけ問題だらけの銀行は金融庁がだまっちゃいいないし、巨大組織で一匹狼的な仕事ができるなぞと期待しちゃいけないし)、まあ一編あたり15分を楽しみ、胸をすっとさせて、ページを閉じると同時に忘れて、それでいいのでしょう。巨大組織に押しつぶされそうな読者に贈られる現状逃避のためのおとぎ話です。
現代でも「水戸黄門」のパスティーシュが受けるのだから(よく知らないが人気ドラマになっているんだって?)、「旗本退屈男」や「鞍馬天狗」「眠狂四郎」「丹下左善」あたりのリメークがあってもいいよね。たぶんあるのだろうが、自分は知らない。最後のは障碍者差別問題も扱えるので、作家の腕と頭のみせどころになる。
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