odd_hatchの読書ノート

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柏木博「肖像の中の権力」(講談社学術文庫)

 絵葉書、雑誌の表紙、ポスター、広告など、およそ作家性とは無縁のグラフィックがある。その作者の無名性により意味合いはないとされるが、たくさん収集したとき、おのずと権力の意思とか大衆の欲望が見えてくる。まあ、そんなことをとくに1930-40年代の上記メディアでもってみてみようという試み。

第1部 ここでは雑誌、絵葉書という印刷物、メディアのグラフィックを検討する。
肖像のフェティシズム ・・・ ここでは1939-40年の週刊朝日の表紙=美人画を見る。そのとき、日本的な母と英米風の官能的な女という二つの類型がある。そこで時を遡ると、キヨソーネの絵(とくに紙幣に使われた初期皇族の想像的な肖像画)を始まりにして、この国の大衆の美人イメージを欧米化していった経緯が透けてくる。そのとき、戦争遂行にあたり大衆の欲望=官能性は権力によって禁止された(週刊朝日の表紙から美人画がなくなる)。多木浩二「天皇の肖像」(岩波新書)

戦争のグラフィズム ・・・ 多川精一「戦争のグラフィズム」(平凡社ライブラリ)と同タイトルの論文。たぶんこちらが早い(1985.2と6)。作成者ではない著者はグラフィックをみる。そうすると特徴は、クロースアップ(ベラ・バラージュ「視覚的人間」岩波文庫)、誇張された遠近法、ダイナミックなモンタージュ山田和夫「戦艦ポチョムキン」国民文庫)。これはロシアアバンギャルドに由来し、ナチスも戦後アメリカも使った技法で、現在にも通じる。同時に、この広報誌では戦争のイメージを「スポーツ」のように見せる。後付けで言うと、近代以降の戦争は「無意味な死」を兵士と民間人にもたらすものであるが、国家・権力は無理やり「意味」を持たせようとし、それが「スポーツ」に重なったのだ。

制度化されたまなざし ・・・ 絵葉書が商業化されたのは1900年ごろ。西洋もこの国も同じころ。絵葉書が対象にしたのは1)美人、2)景勝、3)事件・出来事。グラフ雑誌の出てくる1930年代まで絵葉書はメディアの役割を担った。とくに事件・出来事を写真にすることで、その場にいないが写真を見た人を証人に変えることになる。ここら辺はTVと同じ機能。

第2部 ここでは家=建築物=住空間のグラフィックを検討する。
つくられた<こどもの国> ・・・ 子供に専用空間を与え、自立した個人としての空間を与えようとするようになったのは1920年代から。それは同時に親の住空間を別にすることでもあり、寝食を別にすることによって食堂、寝室という機能ごとの部屋を家に持たせることになった。この変化の背後には、満足な労働を行えない子供、老人を大人から区別しようという考えがある。なお、自立した子供の典型例が江戸川乱歩の小林少年。松山巌「乱歩と東京」(ちくま学芸文庫)

<団欒>の空間 ・・・ 家庭のプライバシーを保護するという欲望は同時に団欒という家族の紐帯を確認する場を必要とする。団欒という言葉が生まれたのは明治維新のころまで遡れるようだが、家の間取りに発生したのは1920年代。面白いことに、団欒のグラフィックには父がしばしば存在しない。分析すると、戦前は父は不可視の空間で権力・支配力を持っていたが、戦後は不可視の空間に追い出されたのであるとみなせる。

父の肖像 ・・・ 明治政府は権力を家庭の隅々まで浸透させるために、武家の「家」制度を庶民にまで徹底しようとした。それまで農家などでは必ずしも男の権力が強かったわけではない。家長として家の中の仕事を指示する女性の権力も強かったのだ。それが戸主としての父権に集中するような仕組みにした。そのときに御真影(天皇の肖像)が父権のシンボルとされた。おなじ様式で描かれた多くの肖像画(紙幣の図像も含む)が権力を浸透する力となった。戦後「父権の喪失」が云々されることがあるが、回復すべき「父権」も明治以降に作られたものである。

第3部 1980年代の現在
ハイテック・アートの現在 ・・・ テクノロジーアートについて。

シンボルとしての「自由の女神」 ・・・ さまざまな意味付与をされるそれ自体には意味のない「自由の女神」について。

消費されるテレビの映像 ・・・ タイトル通り。

 第3部の現在を分析する文章はどれも古びてしまった。未来を予見することが難しいこと、未来から現在を振り返る視点を持てないこと、あたりかな。

 雑誌論文を収録しているので、枚数が少ない。同じ主題を取り上げた類書と比べると、参考資料の量(とくにグラフィックの引用)が少なく、テーマの掘り下げもとっかかりで終わっているようだ。まあグラフィックから権力や政治をみるというやり方が生まれたのは1960年以降で、この国では最初あたりの事例なので仕方ないか。

肖像のなかの権力 (講談社学術文庫)

肖像のなかの権力 (講談社学術文庫)