odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

クリストファー・プリースト「逆転世界」(サンリオSF文庫)

 魅力的な舞台設定で、読み始めたらもうページを繰る手が止まらない。それが「逆転世界」。なにが逆転しているのか。

 世界の全体は、「地球市」と名付けられた全長1500フィート、全7層の要塞めいた建物。それが過去200年間移動し続けている。住民の大半は建物から外に出ることがなく、特権的なギルドだけが世界の運行を任されている。移動するのも、整地した土地に枕木を置き、レールを敷いて、ワイヤーで引っ張るというやりかた。移動が終わったレールと枕木は回収して、新たに敷設して建物の移動に使う。年の移動距離は約36.5マイル。なので、その世界では年齢をマイル表記するのだ。
 なぜそのような移動をするかというと、世界は重力の偏心があって、最適点で重力は一定の強さになり、そこにいけば建物は移動しなくてよくなる。しかし、大地が動くために、建物を移動するスピードでは追い付かず、つねに最適点は北の数マイル先にある。移動をやめるとどうなるかというと、重力が異常に強くなり、移動はおろか立つこともできなくなり、どんどん押しつぶされるのだ。そのような「重力の地平線」は上級ギルドの一部だけが経験することができる。それはイニシエーションの儀式のような役割になっていて、ウラシマ効果のような時間と空間のひずみを体験することになるのだ。
 アインシュタイン相対性理論が日常生活で起こるという世界だね。光速に近い速度で移動すると、時間と空間のひずみが出て、観測者の場所で出来事が別々に解釈されるようになる。それはガモフの「不思議の国のトムキンス」みたいな物理学者の想像のなかにしかなかったのを、プリーストは小説の肉付けをして、リアルに描くことに成功した。
 その世界は異様なものであるが、社会もそれに応じて異様。人々の多くは要塞じみた建物のなかで栽培や生産、加工に携わっている。一部の特権ギルド(未来測量員、航行員、架橋員、索引員、民兵、交易など)が上記の建物の運行に責任をもっていて、そこには一部の者しかはいれない。女性はギルドに入れない。この世界では女性の出生率が異常に低い。そのために常に男子が多い状態なので、彼らは移動の際に土人(ママ)を雇用するとともに、土人の女性を建物に入れ、子供を産ませてから解放するという処置をしている。それが可能なのは、200年以上前の「大崩壊」で生産施設が破壊され、文明が後退しているから。建物のなかにだけ科学技術の一部が保存され、食料・医薬品・簡単な工業製品を提供することができるから。そのような政策を可能にするために、家族はなく、子供は託児所で集団教育。そこでは「地球」という別の世界の知識が教えられるが、「現実」のあり方は教えられない。
 このような設定は出版年の1974年からすると、社会主義ないしアソシエーショナリズムの批判とみてもよいかもしれない。旧ソ連アネクドート社会主義国家建設を鉄道に見立てたものがあるのだ。社会主義も理想の社会は未来にあり、到達が近いとされるがいつまでも到達しないものだったからね。理想はみせるが、現実はみせないというのがそっくりそのまま。
 さて、この世界で成人とされる650マイルに達したヘルワード・マンが、託児所をでて「未来測量員」ギルドに入会するところから始まる。託児所で現実から隔離された少年が、現実に向き合い、教育された理想と現実が一致しないことを知り、世界の構造を調べていくのがこの小説の進みかた。いくつかのイニシエーションを経て、成人になり、社会の責任を果たすことを決意するようになる。それは教養小説の形式をきちんと踏まえたもの。前半の思春期で社会と向き合い、知識を増やし、恋愛を経験するところはとても美しい。でも、世界の異様さ、そしてウラシマ効果による加齢の差異が彼の幸福をこわし、不安を抱くようになる。おりしも、都市は土人の襲撃を受け、建物の一部を焼失するという事態に会う。それまでの強権的な土人との交易ができなくなり、社会システムが維持できなくなってきた。この危機に対して、ヘルワードはどのように行動するのか。
 最初に提示された世界の枠組みがアノマリー(異端者)によって懐疑され、不合理が発見され、真実が発見される。そういう認識の変革を志向する小説。読んでいてクラーク「都市と星」、竹宮恵子「地球(テラ)へ」を思い出しましたよ。それらにとてもよく似ている。でも決定的に異なっている。最後に、ヘルウッドは海に向かって泳ぎだすのだが、それは解放を目指したものであっても、個人的だからね。エーコ「前日島」のラストシーンなのだ(プリーストが先)。
 世界の提示、謎の発見、再解釈という形式はここでは成功。最後の数ページで示される「真実」には仰天するだろうし、小説を振り返ったときにその解釈によって不可解や不合理が全部説明できることにカタルシスを覚える。SFが読者の認識を変革することを要求する小説であれば、これは大傑作。そのイメージの奔放さ、アイデアの大胆さは驚嘆するべきもの。ただ、自分はこの後に書いた小説を読んだ後にこの小説を読んだので、人の内面や社会の葛藤などの描き方が類型的、単純化しすぎなところにちょっと不満をもった。でも小説の内実を満たそうとすると、イメージやアイデアのほうが慎重になってしまうので、いたしかゆし。この作者ならもっとできるはずと、どの小説を読んでも物足りなくなる贅沢な不満。プリーストの小説みたいな高みに上れるSF作家はめったにいないのだからねえ。