odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

風見潤編「SFミステリ傑作選」(講談社文庫) SFであろうとするとミステリーから離れ、ミステリーをやろうとするとSFにならないという苦労。

 1970-80年代の講談社文庫は後発のためか、海外エンタメ部門では既刊の小説を別訳で出していた。差異化を図るためか、いくつものアンソロジーを編んでいた。すでに品切れになって久しいが、ときどき古本屋で見つかる。そうして手に入れた一冊。編者が読みに優れた人なので、質の高いものだったなあ、と今更ながらに感心した。とはいえ、1970年代に書かれた小説は意匠が古くなってしまっているが。

1.『ミラー・イメージ』アイザック・アシモフ/著 ・・・ 刑事ベイリの元にロボット刑事ダニイルが訪問する。恒星間宇宙船内で数学者二人(老人と若者)があるアイデアのオリジナルは自分だと主張する。召使ロボットも主人の証言を裏付ける。ベイリはロボット2台を尋問して事件を解決した。「ミラー・イメージ」とは、二人の主張が主語を変えただけでまったく一緒であるというメタファー。唯一の非対称にベイリは気づく。チェスタトン「ポンド氏の逆説」所収の「博士の意見が一致すると……」を思い出した。

2.『消えたダ・ヴィンチ』J・G・バラード/著 ・・・ ルーブル美術館ダ・ヴィンチの「キリスト磔刑図」が盗まれた。行方は杳として知れない。美術館の学芸員と学者は過去の磔刑図を調べていると、盗まれた磔刑図には同じ人物の書き込みがあるという。なぜ? ヨーロッパは絵画を共同所有しているという観があるみたい。この書き方を展開するとエーコの「フーコーの振子」になる、かな。

3.『明日より永遠に』キース・ローマー/著 ・・・ 22世紀は臓器移植と冷凍睡眠が実用化されている。人口は200億人。そのため冷凍睡眠者を解凍して新たな人口を増やすことは禁止されていた。しかし、スティーブはその禁令を破った男だった。覚醒の直後から彼は殺し屋にねらわれる。誰かの手びきによって彼は危機を回避する。一体誰が彼を助けているのか、彼の使命とは何か、彼は一体誰なのか。記憶喪失の男がアイデンティティを回復するまでの物語。背景にSF的設定があるもののストーリーは古風だ。この手のはずいぶん書かれているので、今となっては新鮮ではなくなった。映画「マトリックス」風。

4.『ピンクの芋虫』アンソニイ・バウチャー/著 ・・・ 時間旅行が可能であるという世界。メキシコで心臓麻痺で死んだ老人がいる。彼は医師と呼ばれていたが免許はない、いつも骸骨を持ち歩いている、彼は時間旅行の経験がある。さて、どうして老人は死んだのでしょう。解決はSF的。でも、自分は19世紀イギリスの有名な怪奇小説を思い出す。

5.『ウルフラム・ハンター』エドワード・D・ホック/著 ・・・ 世界を焼き尽くした<大戦争>から80年、人類のほとんどが姿を消し、インディアン(本書での呼称)居留地に小さな集団があった。文明は石器時代にまで戻り、呪術的な法が支配している。村の近くには一人の隠者(キリスト教牧師)がいる。さて、祭りの日、犯罪者10名が小さな咎で磔刑される。その夜、村を出たものはいないのに、一人の男が姿を消した。隠者が村を訪れて真相を解明。そしてキリスト教布教の権利を有することになった。アメリカ国民には国家創立と文明の基礎に胸を晴れる物語。マキャモン「スワンソング」に似た設定。

6.『重力の問題』ランドル・ギャレット/著 ・・・ 舞台設定はピーター・ディキンソン「キングとジョーカー」に似ているが、もっと手が込んでいる。12世紀のマグナ・カルタは発動されず、王権が残り、フランスとの共同王国が西洋社会を支配している。魔術が開発され、テレパシーだの念動力などが日常茶飯のこと。一方、サイエンスとテクノロジーは遅々として発展せず、1974年といえども、電気もガソリン燃焼機関もない。馬車で移動し、カンテラの照明で暮らすのだ。というわけでこの仮想歴史の世界でも、ドイルやウェルズと同じことができる。さてこのような「異常」な世界で殺人事件が起こる。娘の結婚を政略に使おうとする伯爵が深夜、塔の最上階の部屋にこもったところ、突然墜落死をとげた。当然、部屋は密室状態で、誰も隠れていない。こういう古風な謎が提示される(おお、エーコ薔薇の名前」の発端だ)。面白いのは、捜査にあたり魔術師が呼ばれ、粉々に砕けたガラスを念道力で元に戻すこと。ああ、手が込んでいること。解決はまったく合理的に説明され、超常現象もSF的設定も現れない。まこと、自分でルールを設定し、その中で合理的な解決を持ち出すとは、相当のてだれとみた。実際、ギャレットは同じ世界、同じ探偵のシリーズを書いている。「SF」傑作選とは書かれていても、発想はまったくミステリの側にある。


 読者の物理世界では平行線は交わらず、線の幅は不変なのだが(デカルト以来)、交差する・幅は変化するという前提を持ちこむと非ユークリッド幾何学が成立する。という具合に、この物理世界と別の前提を持ちこんで、謎と合理的な解明をしようとする試み。4と6がその典型。このアンソロジーを読むと、自分は探偵小説の側の住人だなと痛感した。SFものなら、世界の前提そのものに興味を抱くのだろうけど、こちらは合理的な解釈のほうに気を取られるのだから。SFとはいいがたいギャレットのが一番印象強く、SF設定の描写に力を入れるローマーのは眠くなってしまった。