odd_hatchの読書ノート

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クリストファー・プリースト「スペース・マシン」(創元推理文庫)-1

 1893年。新しもの好きのイギリス青年が、ホテルでみかけた美しい女性に一目ぼれ。休暇先で彼女に会って即座にアプローチ。彼女は大科学者の秘書をしていてとても利発で、会話は楽しく、当時にしてはさばけた先進的な考えの持ち主。大科学者はタイムマシンの研究をしていて、二人で乗り込んだ。行く先は10年後の1903年。なぜかいきなり空襲に会い、青年エドワードは「その時代の」の女性アマリアが爆死するのを目撃する。二人はタイムマシンで逃げ出すが、その際にあまりに慌てたので、シャフトを折ってしまい、いつのどことも知れない世界に飛んで行ってしまった。

 1976年に書かれた「SF」小説はこんな風に始まる。およそ100年前を舞台にしていて、うぶな青年が利発な女性に一目ぼれして大冒険に出かけることになる。まあ、僕らとしては作者プリーストがイギリス人であるということから、いくたの当時の冒険小説を模しているのがわかるのだ。オルツィ「紅はこべ」、ホープゼンダ城の虜」、ハガード「ソロモン王の洞窟」A.M.ウィリアムソン「灰色の女」あたりにスティーブンソン、ディケンズなんかを思い出す。訳文もそんなことを意識したのか、意図的に少し古めの文体を採用。たぶん原文も少し古めの回りくどい文章にして、雰囲気を醸し出している。作者の心意気は、古い小説の文体と構成を模倣することにあり、そこにどれだけ新しいことを盛り込めるかという実験にあるとみた。スティーム・パンクというジャンルはキース・ロバーツの「パヴァーヌ」(1968年)に始まるというが、すこしあとのこれも先行作にいれてよいかも。
 その辺のアナクロニズムというかアルカイックというかレトロ趣味は、エドワードとアマリアが飛ばされた先の描写においても貫徹される。空気が希薄で、寒冷な風土。赤い植物の繁茂するその土地を彼らはチベットと勘違いするが、そこはなんと火星だった。火星は地球よりも知的生命の誕生が速く、しかも技術を進化させていた。類人猿によく似た知的生命は、火星の大気と水が数千年で枯渇することを知り、新たな生命体を創造する。あいにく、この生命体は火星人の血を吸わないと生活できず、旺盛な生命力と繁殖力は火星人を圧倒し、奴隷かつ食物として完全な管理下に置いた。それから数百年。いよいよ勢力を増した人造生命体「怪物」は、地球を征服して、植民地とする計画を立てた。地球の危機が迫る!
 レトロ趣味は、まず火星の技術において顕著。荒れた起伏のある土地を移動するとき、怪物と火星人は車輪を発明せず、なんと三脚の歩行機械を開発する。動力は蒸気機関。薄い大気を飛ぶ飛行機はないが、宇宙を飛ぶロケットはあり、その発射台は砲塔のようである。という具合に、次世紀に継承されなかった19世紀末のイギリスほかの技術が奇形的に発展した社会を描写する。そして人類に似た生命体が奴隷になっていて、ぶよぶよして16本の足を持つ軟体動物が怪物として彼らを支配する。これは、当時のイギリスの植民地支配を逆転させたもの。すなわち、怪物は当然民主主義ではなく、官僚的・軍隊的な暴力の位牌を示している。一方、奴隷になった人類類似の知的生命体は民主主義的な共同体を持っていて、彼らをすくうヒーローが飛来するという神話に依拠して、革命の準備をしている。1970年代の当時、地球では共産革命を目指す若者の運動が同時多発的にさまざまな場所で起こり、社会に不安をもたらしていた。その反映が火星にあるとみてよいだろう。もちろん帝政ロシア以来の社会主義作家が火星を共産主義社会として夢想したようには、作者は火星の社会に共感するわけではない。火星人の革命には関与するがそれはあくまで自分らが火星という檻から脱出するために便乗する機会。火星人と行動を共にするのは、怪物が彼らの血を食料にするために虐殺されるのが忍びないからであって、彼らがどのような政治的意識を持っているかは考慮しない。革命の行く末を気にはしつつも、怪物の地球侵略計画を阻止することを優先する。そのあたりのドライさは、なるほどイギリス人のものだ。革命や解放運動への冷ややかなまなざしは、グレアム・グリーン「おとなしいアメリカ人」、ヒュー・ロフティング「ドリトル先生航海記」に似ているだろう。


クリストファー・プリースト「スペース・マシン」(創元推理文庫)-2