odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

三田誠広「死のアポリア」(情報センター出版局)

 アポリアとは「解決不能な難問」「行き詰まり」と言った意味をもつ哲学用語。でもって、「死」に関する問題を考えようという本。なるほど、若者なら出会う可能性のある問題であるだろう。

 著者は1948年生まれ。大阪の有名進学校に入学。途中「登校拒否」をしてそのとき書いた小説が文芸雑誌の眼に止まり、若くしてデビュー(芥川賞をとるのはこの10年後)。同級に1968年10月の羽田闘争で死んだ山崎博昭がいる。あと彼の脳裏に浮かぶのは樺美智子に山口二矢くらい。のちに早稲田大学に入学し、ノンセクトとして闘争に参加したり。いろいろあって、37歳の1985年にこの本を書く(くどいけどこの年の前後に「全共闘ブーム」があった)。
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 彼の主張をまとめると、ゴキブリのようなものを考えない生活になんの意味がある、考える能力を持つのが人間の特質だからちゃんと生死を見据えて生きる意義を考えろ、他人の考えを反復しているだけでは考えていることにはならない、ときには生活を離れて冒険してみろ、こんなところかな。
 で、この能天気なエッセーには途中から腹が立ってばかり。とりあえず自分のありかたを棚にあげて、指摘すると、
・いわゆる団塊の世代で、高度経済成長のさなかにいたわけなので、舞台である1960年代も書いている1980年代も、えり好みをしなければ職にありつくことができた。職にありつければ、そう簡単に解雇されない状況があるので、文句を言わなければとりあえず生きていける。アルバイトもたくさんあって、場合によっては正社員より高い所得を得られた。そういう状況を暗黙の前提にしている。
・おかげで思想が全然深くない。上のようにどこかに逃げ口があり、それを頼りにしているので、なんとも腰の弱い考えだ。
・だって、死者として考えているのは上記のように大学生(1960年代の進学率は15-20%)だけ。そういうエリートの死のみ。公害の被害者はどこにいる? 原爆の被害者は? 国籍をもてない強制連行者とその子孫たちは? 軍人恩給を支給されない無国籍者は? こういう社会的弱者への視点はなし。
・挙句の果てに、「ベトナム戦争の最大の犠牲者は実はアメリカ国民だった」だと!
・でもって、思想のために個人の価値をゼロにしてテロに向かうことに対する考察もなし。「自分を日常の世界から一挙に飛躍させてくれる夢」があって、それに自分を同一視すると何でもできるのだ、程度の考察。これではオウムにも、911にも対応できない。
 なので、読むのを止めた。
 で自分のことを棚から下ろすと、自分の37歳ではこれよりはるかに幼い不十分な考えしかもっていなかった。もちろん今でもそう。俺の考えを開陳しろといっても、この本(220ページ)ほどの文章をつづることは不可能。だから批判の資格なぞないかもしれないのだが。