odd_hatchの読書ノート

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笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-3 自己観念は現実や世界認識との挫折で転倒する「党派観念」。階級意識によって参加する革命党。

笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-1
笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-2


4 党派観念
 第十章 観念の顛倒 ・・・ 自己観念は現実や世界認識との挫折で、党派観念に転倒する。そのきっかけはこの論ではよくわからないけど、自分の把握したところでは自己観念の中心にある自己が無化されて(たぶん肉体や生活や民衆嫌悪をこじらせて。それとも共同観念との抗争に敗れてか、それとも集団観念に侵食されてか)、観念の外部を止揚する観念を中心に構築する。それが革命とか党とか天国とか神とか、かな。(ドストエフスキー『悪霊』、ネチャーエフ『革命家の教義問答』)
(あとがきをみると「3 集団観念」のアイデアは1と2と4の章が書かれた後に着想して追加されたそうだ。なので、この章では冒頭にこそ集団観念が登場するものの自己観念から党派観念への転倒の過程で集合観念は現れない。)

 第十一章 観念の簒奪 ・・・ 近代は伝統的共同体を破壊して、階級という共同態に変えた。そこで都市プロレタリア院民は組織化を企てる。ひとつは労働組合へ、もうひとつはコミューン(結社)へ。1879年のパリ・コミューンへの徹底的な弾圧によってコミューン志向の運動は途絶える。しかしコミューンは集合観念の体現であり、一瞬の攻防において主体性の死と再生を通過する至高体験があるのであった。いっぽう労働組合は共同観念に支配されていたのだが、レーニンが自己観念から党派観念への転倒を行う。この労働者、民衆をいっさい信頼しない革命組織は、民衆をテロリズムにさらすことを要求する。実行しえないものへは赤色テロをかけ、粛清し…。(エンゲルス『フランスにおける階級闘争』序文)
(ようやくこの本のターゲットが登場。マルクス=レーニン主義収容所群島、粛清、一枚岩主義による分派活動への徹底的な弾圧、生活の革命化などなどの20世紀社会主義の悪があぶりだされ、レーニンの作り上げた党派観念を批判する。あわせて、レーニン主義の哲学化を行ったルカーチ共産党支持時代のメルロ=ポンティも俎上にあげられる。隠されているのは、都市プロレタリア貧民が形成するコミューン(結社)への期待と希望。)

 第十二章 観念の自壊 ・・・ 党派観念のありかたをモスクワ裁判のブハーリンにみる。(ケストラー「真昼の暗黒」、オーウェル1984年」、ソルジェニーツィン収容所群島』)
(「犯してもいない罪を告白して党への忠誠を誓う」というグロテスクな裁判はレーニン共産党にしかみられない、という。そうかな、自己啓発セミナーや入信式ではそのような「グロテスク」な光景は見られるのじゃない。あと、党派観念のありかたが殺す側と殺される側で同じというのもどうかな。)

終章 観念の自壊 ・・・ テロリズム批判とマルクス主義批判は継続して行わなければならない、とのこと。1984年に出版された本ですからね。(ヴァルター・ベンヤミン『暴力批判論』、モーリス・メルロ=ポンティソ連と収容所」)


 終章にいたってようやく観念は「共同観念-自己観念-党派観念」と発生・転倒していくことが書かれていて、そのような発生の順番と記述の順番が異なっている。これはわかりにくさの原因(まあ3の集合観念のあたりで見当は付きますが)。主題はマルクス主義批判なので、最後に党派観念を徹底的につぶす必要があるのだというのはわかりますけどね(集合観念を持ち上げたいのもよみとれます)。
 さて、自己観念が倒錯して肉体・生活・民衆嫌悪に至る道筋はすごくわかりやすい。それは一般的、通俗的な物言いに似ているからだし、自分の精神史を振り返った時に「中二病」やら「マニア」やら「オタク」としての言動を思い返すことで納得できることでもあるから。それに対して「党派観念」はわかりにくい。いや、マルクス主義者のさまざまな転倒した言動、テロリズムを説明するときに、自己が無化されてそこに外部の観念が注入されて自己と観念が一致してしまった状態を想定するというのはわかりやすいモデルになっている。なるほどそこまでイッてしまうと、あのような異常な事態を受け入れたり、大量殺戮を平然と行うこともできるのだろう、と。まあ、「オレら」のような生活人からは理解しがたい遠くに行ってしまったのだから仕方ない、みたいな納得をするのに使い勝手がよい。
 でも、と自分が思ったのはいくつかあって、
1.党派観念は殺す側と殺される側で同じ構造をしているの? 殺す側が殺される側に転化するときに、モスクワ裁判のバクーニン連合赤軍事件の被害者のような従順でグロテスクな行動になるのかしら。
2.自己観念が党派観念に転倒するのはどのようなメカニズムにおいて? 自己の中で観念だけが鬱勃とぐるぐる回転している状態で観念は転倒・退廃するのかしら。むしろ転倒に至る筋道で、個に加えられる外部の暴力があるのではないかな。物理的な暴力、心理的な圧迫、執拗なささやき、不眠、貧困、飢餓、差別、未来の希望の喪失…。そのような暴力の結果として自己無化と他人の観念の受入があるのではないかしら。とりわけレーニン共産党では、収容所の監視と教育において、群衆に隠れてやり過ごすというナチの収容所の智慧が通用しない。すべての囚人が舞台にのせられ視線を集中された状態で暴力を加えられている。逃げ場のない閉鎖状態で「お前は無だ」と繰り返されたら、脱出しても外が檻であるとしたら、そのような希望の失われた場所で「犯していない罪を告白し党への忠誠を誓う」という状況が生まれるのではないかな。ここらはポール・ポースト「戦争の経済学」(バジリコ)にある中東の自爆テロの分析を借用。かつてはポーストの説明はダサいと思っていたが、「テロルの現象学」を再再読した後だと、説得力は向うにあるなあ。
3.党派観念への転倒が起こるのがマルクス主義においてだけなのはどうして?「4 党派観念」でマルクス主義特にレーニン主義がそうなるのは納得としても、テロリズムに至るのはほかの集団や個人にもみられるのではないかな。書かれた当時にはオウムの事件は起きていないけど、カルト宗教が集団殺戮や集団自殺をする事件はあったし、過去の殉教とか右翼テロなんかもある。それらのテロリズムは党派観念とは無縁の出来事なのかしら。逆にレーニンに批判的であったローザ・ルクセンブルグとかイギリスの修正社会主義なんかはテロルへの傾斜が見られなかったみたいだけど、それはどう説明するのだろう。
4.「党派観念」は個人の観念が倒錯・転倒してt路リズムの実行や受容にいたる経過を説明できるだろうが、組織(共同体やグループや結社など)がテロリズムを実行する過程を説明することはできないのではないかな。すべてのレーニン共産党や結社がテロリズムを行ったわけではないし、党首や首領がテロリズムを主張しても幹部や党員の支持を受けずに断念する例もあるのでは?個人が倒錯・転倒するメカニズムと組織が倒錯・転倒していくメカニズムと過程は異なるのではないなあ。そこは別の説明がありと思うのだが。
5.自己観念と党派観念は誰がどのような基準で分けることになるのだろう。党派観念にとらわれている人は観念の転倒を起こしているかどうかを自覚することはできるのだろうか。ときに党派観念にとらわれた人が「戻って」来ることがあるが、それは自分の観念の転倒や倒錯を自覚したからというより、他の観念との比較するところからくるのではないかな。カルト宗教から脱会したとか、ネトウヨレイシズムの運動から手を引いたとか、マルクス主義から転向したとか。まあ、こんな感じ。党派観念で説明しようとすることは、自己観念の範疇の特殊事例みたいな説明できそうで、「共同観念-自己観念-党派観念」という三段階とか、共同観念vs集合観念のような対立関係を想定しなくても、テロリズムの説明はできるのではないか。なんというか、「党派観念」という観念はマルクス主義イカれていた人がいちはやく覚醒したので、その優位を示すための仮構なんじゃないか、と邪推したくなるのだ。
 さらに「党派観念」で示される結論が、テロリズム批判はヒューマニズムや共同観念の「殺すな」だけでは不十分で、この本のような観念批判でなされなければならないとされる。さて、路上でテロリズムが起きているとき、この分析と提言はテロルに対して有効かとも考える。この本が書かれたときはテロリズムを実行するのは共産主義者か軍隊かだったが、21世紀には宗教テロにレイシスト民族主義者にと主張と参加者の幅が広がった。1980年代には主張できなかったことを政治家やメディアが主張しても咎めることができなくなった。そのような変化において、さて、この本の方法(観念批判)と提案(集合観念による革命)は有効なのだろうか。さて、自分はあんまり乗れないなあ。
 初読と再読の時はすごく高揚した気分になったものだけど、本書の内容をほとんど忘れてレーニントロツキーなどを読んですっかりソ連共産主義に幻滅した後、本書を三度目に読み直すと、すごくがっかりした。とりわけ集合観念以降の章(つまり本書の後ろ半分全部で、著者の主張が集約されているところ)において。2010年代の加筆では長い補論が付いているようだけど、下のサイトの内容だとすると、探して読むつもりにはならないなあ。
2013-02-06
 自分の感想があいまいで疑問形でしか語れないのは、だらしがないが、俺の限界なので仕方ない。

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