odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

小田実「地図をつくる旅」(文春文庫)

 月刊「文芸春秋」に1973-75年にかけて連載された。元になる旅は1960年代後半なのだろう。
 自分の記憶を加えて書くとすれば、昭和40年代とくくれるこの時代(1965-1974年)は、「外国」がとても狭かった。大きな理由は渡航制限がしばらく続いたことと、固定相場制で円安にされていたのでレートがとても悪かったこと。大手企業人や芸能人は社命でもって海外に行けたけど、庶民といわれる人には金がかかって仕方がない。加えて、移動距離の短い隣国がいずれも鎖国政策を取っていて、簡単には入国できない仕組みになっていた。すなわち韓国、北朝鮮、中国、台湾、ソ連(当時)のことだ。というか、1972年までは沖縄もパスポートとビザを取らないといけない「外国」だった。となると、庶民が知っている「外国」はほぼアメリカであり、戦争当事国としてのベトナム。はるかかなたの遠いヨーロッパ。それくらいしか情報を取ろうとしなかったし、それで済んだ。義務教育で「第三世界」や「民族独立」を習ったとしても、東南アジアに中南米はのきなみ軍事政権か独裁政権。ますます遠い。
 もちろん大手企業や海外商社が見る外国もあるが、そちらは商品の売り込み先か資源の買い付け先。この本でも、中南米や東南アジア、イスラム圏などのいたるところに日本の商社、メーカーの駐在員がいることが紹介されている。そのときには、「土人」「土民」の解放とか独立などは視野に入らず、政権の中枢に取り入って開発の利権を得ることに注力する。そうして行った資源開発は「土人」が土地から追い出し、彼らが自活できないようし、この国では公害防止法でできなくにくくなった環境破壊を「第三世界」で行うことだった。おかげで、イヌイットアドリア海周辺住民などで「水俣病」類似の症状が発見されるに至る。

 世界地図を見ると、たくさんの国があるのだが、そこで何が行われて、どういう暮らしをしていて、人がどういう問題をもっているかということは見えてこない。で、著者は「何でも見てやろう」以来の腰の軽さであちこちにでかけていく。当時の旅は鷹揚なもので、飛行機やホテルの予約はあてにならないし、乗り込んだ飛行機が全然別の国の行先だったこともあったという。息あたりばっかりの貧乏旅で、そこに住んでいる庶民に近いところで生活すると見えてくることがある。
 レポートで面白いのは、
ガダルカナル島15年戦争のうちの対米戦争で戦局が逆転する契機になった激戦地、というのは注釈をいれないとわからなくなっているのかな)の記録。この国とアメリカ・オーストラリアの軍隊が激しく戦ったのだが、そこに住んでいる人は両方から徴用されて荷物運びに駆り出されたそうな。戦争の後にはアメリカ資本がきて観光他の産業もできたが、元からの住民には職は提供されず、安い賃金の日雇いくらいしか仕事がない。
・旅に同行することになったのは、ドイツのヘルムートくんにアメリカのダグラス「先生」(いずれも著者の付けたあだ名)。前者はドイツの落ちこぼれ(20歳までの成績で振り分けられて、成績が悪いとキャリアアップの可能性がなくなるという)で、資源開発の現場で金を稼ぐことに専念。ダグラス先生は中年になって世界中を旅しているドロップアウト。そういう国家の比護から離れた生き方をしている人でも、「植民地主義」「国家主義」などの意識からは逃れなれない。まあ、ベトナム戦争と西側先進諸国(懐かしい言葉!)の経済発展の時代だからねえ。
シンガポールという管理国家。リー・カンユーさんの現代政策。いわく教育で製造業に役立つ人材を育成、同時に他国性企業の誘致。いっぽうで政府批判活動を強烈に弾圧(市民権はく奪とかデートと称する予防拘束とか)。中国人が多数を占める地域を「国」にしてマレー人やインド人などに利権を与えないとか。
 作者は、旅をすることで地図を自分の認識に応じて書き換えることを推奨する。そうすると、世界の多様性や複雑さが見えてきて、この国の生活や教育やメディアの表現で知らずにたまった目のうろこが落ちてくる。すなわち、世界を透明に深くまで見通せるようになる。それが世界や人々の多様性や複雑さを認識し、寛容になることだろう。それは世界には階層というか、人の上の人がいて人の下の人がいるという事実を知ることになる。そういう経験をどんどんしましょうという。
 この本にあるのは昭和40年代のレポートなので、現状とは異なっている。まあ周辺諸国の旅も簡単にできるようになったし、とりあえず軍事政権や独裁政権で人権侵害をする国は減っているようだから(この認識はあっているかなあ)、1970年ころよりも円安だから気軽に外国に行けるしで、実際にでかけてこの本の情報を検証、書き換えすることが可能でしょう。
 それにしても、この作者はタフだなあ。かまわずどこにでも行くし、現地の人と同じ食事と宿をとるし、ヒマになると観光名所にいかずに新聞社にいって取材をしたり、その地の文化人に会いに行くしで。このバイタリティはすごいや。