odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛「バルセローナにて」(集英社文庫)

「狂女王フアナの境涯に思いを寄せ、いまも残るスペイン内戦の残酷な傷痕を目の当たりにする。スペインに移り住んで10年、人間の尊厳と狂気、歴史の愚行を見据えつづけた著者の魂の遍歴の書。」


「アンドリン村にて」 ・・・ 小さな村の生活風景。ここに住むニコラスという弁護士はハンガリー生まれ。弁護士の仕事をすることでルーマニア語チェコ語・ドイツ語を自然と覚える。大戦間中にフランスに亡命したことにより、フランス語・英語を覚え、現在では13ヶ国語をしゃべることができる。しかも戦争のどたばたによりパスポートを失い、フランスの発行した無国籍証明書を持って世界中を旅している。また85歳のパコ爺さんは20歳で「神は存在しない」と確信し、アナーキズムの運動に参加。その後フランス人民戦線で銃を持つ。フランコ政権の確立の前にアメリカに亡命し、15年いた後戻ってきた。この村の祭りのときには、世界中に散らばった家族が集まる。なかには金髪の娘がいて、北欧の出身者を先祖に持つと知れる。祭りではケルトの歌がうたわれる。近くにはドルメンもあるし、すなわちこのアンドリン村は古代のケルト文明に所属するのであった。ケルトの文明はローマ帝国ゲルマン人の侵入とキリスト教によって滅びたとされるが、末裔は残り、いくつかの風習も残っている。小さな村の人々と出来事から無窮の歴史と空間を見ることができ、その大きさ深さに呆然とする。

グラナダにて」 ・・・ グラナダは気候峻烈な土地である。「冬の9ヶ月、地獄の3ヶ月」という。地獄というのは砂漠の気候(昼は40度を超え、夜は10度を下る)ところから。さてグラナダには大聖堂がある。そこから狂女王フエナのことを連想する。15世紀末、イスラム教徒をスペインから追い出した(というか和平協定でイスラムが撤退した)ことを実現したフェルディナント王の娘フエナはフランドルの国王フィリップに嫁ぐ。彼女はすぐさま精神に変調をきたし、国務を一切取れなくなる。フィリップはフエナを無視し女遊びにいそしみ、ただフエナとの間に子供を生む。さて、スペインとフランスは国境を境に政争中。フィリップはフランドルとスペインを我が物にしようと画策しているが、フエナは一切の国璽の署名を拒否することでその意図をくじく。フィリップは若くして逝去。その後、スペインは南アメリカを植民地化し、大量の金銀を流入する。フィリップとフエナの子カルロスの治世にあってスペインは世界帝国であったが、その富はスペインを経由してフランドルとドイツに流れ、スペインはそれらの国々の植民地と化していた。まあこういう歴史がフエナら貴族の個人史と絡めて語られる。西洋の王様はいくつかの家族空生まれているようなもので、その婚姻関係とか、統治方法とかはその場所と何の関係もないこともあり、すくなくともネーションとは無関係なのである。ここらへんの政治感覚とか歴史感覚はこの国にいてはよくわからないなあ。

「バルセローナにて」 ・・・ 4つの時間を行き来する。ひとつは(作家の)現在で、バルセローナの老人たちとの出会い。作家はスペインで市民戦争のことをたずねないことにしている。その体験が深く重いしこりになっていて、家族間ですら共有できない場合があるから(共和軍にいた人たちはフランコ政権後、外国に出ることになるなど不遇であった)。2番目は、彼ら老人の語る市民戦争の話。3番目は作者の若いときの市民戦争に関する情報とそのときの個人的な感情。4番目には、彼らを超えた歴史ないし社会のできごと。焦点は2番目にあり、数名の老人がいる。まずアメリカからきたリンカーン大隊の生き残り。フランコ死去により入国がたやすくなったので、まあ同窓会のようにやってきた。彼らはホテルのレストランで「インターナショナル」を直立不動で歌う。次には共和軍の将校。敗戦後、外国暮らし。その後帰国。フランコ死去後の共和政権で年金をもらえる腹があったが実現しないので不機嫌。最後にイタリアから来たフランコ軍の元兵士。塩田で仕事をしているが体を悪くし、失明する恐れがあったので、兵士応募に参加した。それ以外に金を出すところはないから。イタリア軍フランコ軍のお荷物でいろいろと転戦した。彼の述懐のいくつか。
フランコ軍の主力はモロッコ軍であったが残忍で有名。1492年の撤退の復讐に来たのではないかとうわさされた。
・共和軍はファシスト軍に政治放送をしていたが、それにより多くの兵士や将校が投降した。
リンカーン大隊はアメリカ人の義勇兵だが、西洋人はたいていアメリカに家族か友人がいるから、彼らと戦いをする罪理に離れない。
フランコ軍のスペイン兵士は、共和軍の兵士(同国人)に対して残酷であった。(親子兄弟親族が政治思想やイデオロギーの違いで互いに血を求めるというのは、宗教戦争でもあったことだなあ)
 そのうえで、心にしみたのは次のことたち。(1)市民戦争は17世紀以来の西洋の政治思想のたたき台であった。コミュニズムアナーキズムファシズム、ナチズムと戦い、敗れた。とくにアナーキズムは徹底的に敗れ、その後の政治運動にならなかった。また一部の村では共産党員の指導で集団性が実験された。貨幣を捨て生産財を共同財産にし労働量に応じて食料などを分配した。戦争や内戦が近づくにつれ、軍隊への持ち出しがおこり貧しくなった。フリーライダーが多数生まれ生産性が落ちた。地域貨幣を作りもしたが成功しなかった(ゲゼルの地方貨幣はオーストリアのある村の成功例が喧伝されるが、そうでない失敗例もあったのだ)。(2)国や党、団体ごとの旗はたくさんみてきたが、人類ぜんぶを代表する旗をみたことがない。(それは歌とか憲法とかでも一緒なのだろう)。(3)1936年にベルリンオリンピックに対抗して、バルセロナで労働者オリンピックの開催を計画していたが、実現する前にナチスなどにつぶされた(これはカザルスの生涯を紹介するときに、ときどき話に出る)。このあたりから無教養な軍人が政治、経済、文化、教育を支配し、息が詰まるようになってきた。
 スペインという場所は、「スペイン断章」集英社文庫、「スペインの沈黙」(ちくま文庫)、加藤周一との対談「ヨーロッパ二つの窓」(朝日文庫)などで補完しておこう。ヨーロッパとアラビアが混交した土地と人々のありかたは、英独仏を中心にするヨーロッパ観だけではたりないことを教えてくれる。

バルセローナにて (集英社文庫)

バルセローナにて (集英社文庫)