odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

フレドリック・ブラウン「復讐の女神」(創元推理文庫) 1950年代のミステリーや犯罪小説のアンソロジー。この時代のアメリカの風俗や生活習慣はサスペンスやノワールものにかっこうの舞台。

 1963年の短編集。書かれたのは1950年代。ミステリーや犯罪小説のアンソロジー

復讐の女神 (Nothing Sinister) ・・・ 広告代理店の社員カールは、酒飲みで妻に愛想をつけられている不良社員。会社が倒産しそうだというので、金をおろし、農場を買うと独断で決めた。その午後、ゴルフ場で狙撃され、自室で飲んだくれると、殺人者がやってくる。さて復讐の女神は誰でしょう。

毛むくじゃらの犬 (The Shaggy Dog Murders) ・・・ 脅迫めいた手紙をつけた犬を連れてきた男が殺されそうになったので助けてくれと私立探偵に頼みに来た。古い友人のいたずらと見破ったが、その男は殺されたし、自分も殺されそうになった。いったいなんで犬を連れている男を次々殺すのでしょう。犬はマクガフィンで、別の動機がありました。うまく隠していて、じぶんはしてやられた。

生命保険と火災保険 (Life and Fire) ・・・ 新任の保険会社のセールスマンが訪問したのは、ギャングの家。そこには百万長者が誘拐されている。おしゃべりの小男の一世一代の大冒険、かな? ともあれ、口が回るのはよいことなのだろう。

すりの名人 (Teacup Trouble) ・・・ すりの名人が素人にコケにされた。無垢なその男を飼い慣らそうとするが、パラノイアの男は名人の期待を裏切るばかり。自分の金もなくなってシュンとなる。悪銭身に付かず、というのはこういうもんだ。

名優 (Good Night, Good Knight) ・・・ うらぶれた俳優はゆすりをして暮らしていた。雑誌にゆすり相手の劇作家が新作をものしたという記事が載っている。俺を配役にしろ、と命じると、作家はゆすりの役ならあるといった。劇のタイトルは「完全犯罪」。観客はいないが、おおうけになった。

猛犬にご注意 (Beware of the Dog) ・・・ 猛犬を買っている強欲な爺さんの金がほしい。コソ泥はまず猛犬を手なずけることから始めた。愛情に飢えていた犬は尻尾を振るようになり、強盗は成功した。でも…。

不良少年 (Little Boy Lost) ・・・ 17歳のエディは町のならず者の仲間になってしまった。今晩、なにかしでかすのではないかと、母は気が気でない。婆さんは知って知らずか暢気なものだ。夕方、エディは母の静止をふりきって出ていった。最もおろかに見えるものが最も賢いという教訓でもあります。硫黄糖水というのが出てくるが、サルファ剤のことらしい。

姿なき殺人者 (Whistler's Murder) ・・・ あくどい出版業のおじに脅迫状が届く。探偵を雇って家を監視させていたが、殺されてしまった。探偵二人が一晩中、家の周囲をみはり、出入りはなかったというのに。チェスタトン「見えない人間」のトンデモない変奏。おいらは笑ったが、真面目な人は怒り出すな。

黒猫の謎 (Satan One-and-a-Half) ・・・ 作曲のために家を借りたピアニスト。夜中に黒猫がベルを鳴らして、ドアから入ってきた。隣家に聞くと、前の持ち主が買っていた猫に似ているが、猫も飼い主も1週間前に死んでいる。そこに向かいの気味の悪いセールスマンが猫は俺のものだといいだした。ピアニストは頭を働かせる。一夜の冒険。そこにボーイ・ミーツ・ガールの話の加わるハッピーエンド。ロックのはやる前はみんなジャズを聴いていたのだね。

象と道化師 (Tell'Em, Pagliaccio!) ・・・ 飲んだくれの元道化が、老いた象といっしょに移動カーニバルを首になろうとしている。その夜、座長が首を折られて死んでいた。おりしも町の富豪の息子が誘拐されているというのに。象が殺されそうになるので、道化の爺さんは懸命に頭を働かす。事件は解決しても、人生の問題はなくならないのだねえ。苦いなあ。

踊るサンドイッチ (The Case of the Dancing Sandwiches) ・・・ 真面目な銀行員が夜の街で気持ちのいいカップルと出会った。酒を飲み、ダンスをして、楽しい一夜だったが、少々飲みすぎた。空き地で目を覚ました時、手には拳銃が、その弾丸で殺された男がいた。終身刑になった銀行員を救うために、フィアンセは頼れる刑事を紹介してもらう。手がかりは「アンシン・アンド・ヴィック」という店の看板のみ。そんな店はないし、気持ちのいいカップルは名前すら知らない。あまりに見込みのない捜査に刑事は気乗りがしないのだが…。アイリッシュ「幻の女」をブラウンはたくみに換骨奪胎。アイリッシュの焦燥感と夜の孤独にかわって、ニューヨークの熱気とスクリューボールコメディが表に出た。ラストシーンはアイリッシュと正反対。うーん、男にはちょっとつらい。


 ミステリーや犯罪小説でもブラウンは見事な手腕を見せる。ひとたびページを開けたら、「The End」を見るまで一気に読ませるのだからね。つじつまが合わないとか、そんな行動はおかしいだろうと突っ込みを入れたくなる瞬間があっても、ストーリーの面白さにそんなことはどうでもよくなってしまう。
 SFだとバックグラウンドにある1950年代アメリカの風俗や生活習慣が古びて見えてしまうが、よりリアリズムにちかいミステリーや犯罪小説だとそれは感じない。自分がみたことのあるハリウッドの犯罪映画や<運命の女>映画のシーンのあれこれを思い出せるからだろうな。あの時代はまことに、フィルム・ノワールにかっこうな舞台を提供してくれた。