odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ノエル・カレフ「死刑台のエレベーター」(創元推理文庫)

 会社社長は高利貸しからの返済催促に苦慮していた。資金繰りのめどがたたなくなり、ついに義兄をはめ、さらに高利貸しを殺すことを決意する。実行は土曜日夕方、そうすれば月曜朝の発覚までに時間稼ぎができる。犯行は成功したが、自室に小切手他の証拠を残してしまった。あわててビルにもどると、警備員が電源を落としてしまったために、エレベーターに閉じ込められてしまう。ビルの前に停めておいたスポーツカーは<実存主義者>となのるアプレゲールのアベック(どっちも死語だなあ)に盗まれてしまう。

 1956年の作。その翌年に、ルイ・マル監督によって映画化された。硬質の画面、新しい若者たちの衝動と孤独、マイルス・デービスのモダンジャズがあいまって、大ヒット。ヌーベルヴァーグの古典にして代表作になった。なので、この小説は映画の原作、というかノベライズみたいに思ってしまう。
 でも、映画と小説はずいぶん違う(そこは2000年の再販時に差し替えられた解説に詳しい)。まずは、映画で印象的だったジャンヌ・モローに当たる人が小説にはいない。ジャンヌ・モローが焦燥と孤独を持ちながらさまようパリの賑わいが印象的だったのだがなあ(という記憶をさまようと、映画のもうひとりの主人公はパリという都市だったのだなあと思う)。かわりに、夜逃げをする予定だった妻の行動が詳しく語られる。社長のジュリアンが指定した約束場所に現れず、夫のスポーツカーに若い女がのるのをみて一気に逆上。妹夫婦の家に駆け込むわ、秘書の家を押しかけるわ、警察の失踪人捜索係にくってかかるわ、と大騒動。
 また、スポーツカーを盗み、モーテルで外国人夫婦を射殺する若い二人も異なる。映画ではティーンエイジャーの無軌道ないたずらであったのだが、こちらの<実存主義者>は20代半ばか30代前半になるか。芸術家気取りで長いモラトリアムを過ごし、リアルと向き合わないやさぐれた男になる。つきあっている若い女から金をむしり、sexし、言い返されれば暴力をふるい、女の妊娠の告白におびえる。こういう身勝手な男が破滅していくまで。
 月曜の朝にようやくエレベーターから脱出できた(小説でも映画でも思うのだが、よく排泄を我慢できたなあ)のだが、ジュリアンには身の覚えのない殺人容疑がかかる。鉄壁のアリバイがあるのに、言い出せない。しゃべるほどに深みにはまっていく。この後の結末は映画と異なるので、小説で確認するように。
 小説の多くはジュリアンの妻や<実存主義者>の行動。彼らの感情的で衝動的な行動はそれぞれの失敗につながっていくのだが、さいごにはジュリアンに不条理が押し付けられるので、主人公はやはりジュリアンといえるだろう。このジュリアン、映画でも点描的に語られるだけだが、第2次大戦のあとのアルジェリア独立戦争に派遣された兵士の生き残り。祖国のために戦っても、帰国すると称賛されず、居場所もなくなっている。そこから這い上がるための努力があったというのを見ておきたい。さらにフランス本土では、第2次大戦の復興がようやく一段落。瓦礫を片づけ終り、ビルが新築されて、ほっと一息、さて次はどうするかという時代。このときには戦争体験や戦後復興の問題が脇に行って、社会や集団よりも個人の欲望のほうが重要になっている(だから<実存主義者>やアプレゲールのような身勝手が目につく)。この国でも昭和30年代になると、第三の新人などの個人主義やミーイズムを描く小説がうまれたなあ、とクロノジカルな出来事を思い出した。
 あと解説で知ったのだが、作者ノエル・カレフは1907年ブルガリア生まれ。西洋中を転々として、パリに定着し、映画の仕事をしていたそうだ。年代が書かれていないけど、パリに来たのは1933年(ナチス政権誕生)のあとだろう。社会のはみ出し者を主人公にしたり、外国人(アベックが襲うのはブラジルの観光客夫婦。映画ではドイツ人。)を登場させたりするのは、この経歴からなのだろう。

    
 マイルス・デイヴィスのつけた映画音楽をBGMにどうぞ。
Miles Davis - Ascenseur pour l'échafaud - Lift to the Gallows (Full Album)
www.youtube.com