odd_hatchの読書ノート

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前嶋信次「世界の歴史08 イスラム世界」(河出文庫)

2016/03/25 岸本通夫/伴康哉/富村伝「世界の歴史02 古代オリエント」(河出文庫)


 ここでは紀元3世紀から15世紀までのイスラム世界を描く。おおよそでいうと、ローマ帝国が弱体化し、インドのクシャーナ帝国の支配も弱まりササン朝ペルシャが成立して、オスマントルコ帝国が成立するまで。その間にもいくつも王朝が滅ぼされ、新しい王朝に代わられ、数世代すると腐敗や内乱で弱体化する。そのあたりをこの本では物語風に描く。ときに王様や家臣たちの会話となるが、それが文献資料に基づくものか創作なのかはわからない。啓蒙書であるとはいえ、このような歴史の書き方はありなのかしら。ランケ以降の歴史学の方法とは異なっているようで、そこにはとても違和感。あわせて、この本では政治体制や経済のことがほとんど触れられない。この土地(砂漠や高地が大部分を占める生産性はあまりないような)で巨大帝国ができ、富が集積し、学問や技術が振興した理由がこの本からはわからない。これも大きな不満。

 さて、イスラム世界。ササン朝ペルシャのあとはいくつかの王朝が交代する。ウマイヤ朝アッバース朝ファーティマ朝、セルジュク朝など。これらの王朝の変遷も内部の理由があるだろうが、この本ではよくわからない。この一帯は、大きくアラブ人、イラク人、トルコ人の民族があって、それぞれ交代で覇権を獲ようとしたらしい。生産性は低そうだが、交通の要地であり、北アフリカや地中海沿岸からの西ルートと、インドにつながる東ルートと、カスピ海を経由して中国につながる北のルートが集まる場所。そのうえインド洋から紅海などへの海上交通の中継基地でもある。そこに各国の文物が集積に交易され、文人や政治家などもやってきた。この本が対象にする時代(3世紀から15世紀まで)では、ヨーロッパは後進地域であり、人口も少なく、生産性も悪い「野蛮」な地域といえる。なので、ヨーロッパの影響は11世紀までない。
 上記の王朝の交代は、イスラム世界の中での覇権争いといえるだろう。12世紀になると、「野蛮」な周辺地域の侵略にさらされる。すなわち12世紀の十字軍であり、13世紀のチンギス・ハンの侵入(ちなみにイスラム歴史家がチンギス・ハンの容姿を文章に残しているが、長身・碧眼というのであって、低身長で黒目の源義経とは似ても似つかない)。このときからヨーロッパはイスラムを交通するようになる。ときにイスラムが優位で、ときにヨーロッパが優位、と立場を入れ替えながらの歴史を紡ぐ。イスラムはおおむね異宗教には寛容であったらしい。典型的なのはスペイン統治時期(8世紀から15世紀にかけて)。ここではキリスト教ユダヤ教イスラム教が共存できた。それでも、王の気まぐれか、憎悪の復讐か、ときに異教徒の略奪、虐殺が起きていた。これは同じイスラム教徒であっても同じ。むしろ政治的覇権の獲得競争のために、いっそう凄惨な事例が頻出する。暗殺、粛清、残虐刑、虐殺、略奪、奴隷化などなど。この歴史を読み通すのはなかなかつらい。
 要するに、自分がこれまで勉強してきた西洋や生きている場所から学んだ中国の規範や常識がこの世界には通用しない。西洋のネーションや国家はこの世界には通用しないし、中国の法治や官僚制も見当たらない。そのうえ19世紀以降の人権意識や民主主義をこの世界の制度(とりわけ宗教)が受け入れない。そのうえ、第2次大戦以降の西洋がこの世界に与えた仕打ちは、政治的な混乱と難民を生み、王族制が民衆を離反させ、西洋的なものへの憎悪に代わり……と、相互の理解と効力を困難にしている。なんとももやもやが残る。それはこの本に対してだし、この世界の歴史と現在に対しても。